「すっかり、国民のアイドルになりましたね」

 

 誰もいない地下のロビーにそのスターはいました。テレビなどでよく拝見するので、久しぶりな気もしないのですが、もしかすると直接お会いするのは数年ぶりかもしれません。

 

「いやぁ、別に俺は何も変わってないんだけどね」

 

 いつもの調子で笑いながら言うと、ベンチに腰掛けました。確かに何も変わっていない。昔から芸人さんの間では愛されていて、彼を悪く言う人なんていませんでした。

 

「抱かれたくないのはいいけど、嫌いって言うのはダメなんだよ」

 

かつて、雑誌の恒例企画だった「抱かれたい男」ランキング。その手のランキングの常連でもありましたが、当時そんな風に洩らしていました。

 

「嫌いっていうのは、笑いに繋がらないんだよ」

 

 好きな人の言うことはなんでも笑う反面、嫌いな人だと何をしても笑えなくなってしまう。だから、「抱かれたくない」の1位は痛くも痒くもないけど、「嫌いな芸人」の1位は本望ではないのだそう。後輩の我々からすれば、本当に嫌っている人なんていないと思っていましたが、彼はしきりに気にしていました。

 

「ポスト出川は、お前だからな」

 

 かれこれ15年ほど前に遡ります。隣に座った彼の手が何気なく僕の膝の上に乗りました。顔は笑っていたのでどこまで本気だったかわかりませんが、身体中に電流が走るような感覚がありました。その言葉は大変光栄であり、嬉しくもありました。しかし、あまりに大役で、やすやすと担えるものではありません。僕のこれまでの活動をふりかえれば、それに近い時期はあったかもしれませんが、でも、出川さんの役割は出川さんにしかできないもの。やはり、「ポスト出川」と言うポジションは誰にも担えないのだと思います。

 

 あれから時は経ち、気がつけばバラエティー番組はもちろん、多数のCMにも起用され、「嫌い」どころか、もはや「ゆるキャラ」のように老若男女、国民に愛される存在になりました。スクーターで旅する番組の、行く先々で歓迎される光景は、まるでミッキーマウスのようにすら見えます。

 

「そうだ、思い出した!お前、夕方の番組で俺の悪口言っただろう?」

 

「言うわけないじゃないですか!」

 

「みんなにかわいそうって思われたらアイツも終わりだ、とか」

 

 会うといつもこんな調子です。ワンボックス・カーがやってきました。

 

「今日はもう終わりですか?」

 

「これから海外だよ」

 

 日曜のお茶の間に笑顔を届ける仕事。車に乗り込むと、じゃぁなと言って去って行きました。確かに、何も変わっていない。きっと、これからも変わらないのでしょう。