「魔の水曜日」というものがあります。僕が呼んでいるだけですが、毎週訪れるいわゆる水曜日のこと。なぜ「魔」なのかというと、「え?今日なにかあった?」というくらい、水曜日はどこのお店もやっていない。パン屋さんもお肉屋さんもお蕎麦屋さんも、見事に定休日が重なっているのです。もちろん、足を伸ばせばスーパーもあるのですが、商店街の依存度が高いので、やきたてのパンもコロッケも、たぬきそばも食べられない水曜日が、とても憂鬱で、いつからかそう呼ぶようになったのです。

 もともと定休日を記憶できない僕は、行きつけのお店の定休日を覚えるのに1年近くかかります。いつもお店の前に来ては、そうだ今日定休日だったと。だから、「なんか水曜日、多くない?」と、どのお店も水曜定休であることに気付くのにも時間を要しました。この法則を知ることで、わざわざ店に出向いて落胆することはなくなったものの、選択肢が極端に減る水曜日の到来を恐れるようになりました。

 ちなみに不動産屋は、契約が水に流れる、という理由で水曜定休が一般的。それはさほど支障ないのですが、僕の入会しているフィットネスクラブも水曜日が定休日。週一とはいえ、久しぶりに今日プールでも行こうかな、なんて思ったら水曜日だったりすると、明日にしようとはならず、また気分が戻ってくるまでしばらく冬眠状態に陥ります。そういったことも憂鬱さに拍車をかけ、やがてスーパーやドラッグストア、病院にいたるまで魔の手が伸びるのではないかという危惧が生じてしまいます。しかし、そんな暗黒の水曜日に、異変が起きようとしていました。

「あれ?こんなところにあったっけ?」
仕事帰りに見かけた初めて見るお店の看板には、アジアン料理の文字。
「もしかして、できたの?」
思わず車から降りて近寄ってみると、僕の好きな言葉がずらりと並んでいます。
「やっぱりそうだ!やった!」
それは、オリンピック招致よりも強いガッツポーズでした。
 これまで言ってきたかわかりませんが、僕は大のガパオ好き。ガパオを見かけたらいてもたってもいられないほど、普段から僕の体はガパオ待ちしているのです。だから、近所に新しいお店ができることだけでも嬉しいのに、それがアジアン料理となると感動もひとしお。これでいつでもガパオが食べられる!でもひとつ気になることがあります。
「ひょっとして、ここも…」
魔の水曜日がさらなる暗黒の日になるのでしょうか。


「チョトマッテクダサイネ」
 それほど広くない店内は、さっそくマダムたちで賑わっています。東京というより、地元のお店の雰囲気。奥の厨房の中は、インドやネパール人たちでしょうか。暗黒の水曜日に現れた救世主のようです。これでもう、水曜日は憂鬱ではありません。僕にはガパオがある。ビーフンがある。しかもテイクアウトもできる。水曜日はガパオの日。やがてガパオパーティー。さぁ、ガパオライフのはじまりです。