ちょうど1年前の1月5日、房仙会東京校の稽古場である平舎で「第1回 新春房仙会まつり」を開催。その場で次は大阪!と約し、バトンを渡させていただいた。
そして令和2年1月5日、大阪の地で第2回目となる新春房仙会まつりが開催され、盛況のうちに終わった。バトンをしっかり掴んで、大阪校が一体となって走りきってくれたのを感じてきました! 東京開催の時ももちろん大成功と言っていただきながらも、ホスト側では反省点、至らなかったことが多々ありました。大阪校もきっとそうでしょう。
それを糧に次のステージ、まずはこの夏の鳩居堂社中展で、その深度をどこまで深められるか!各校の仲間とまたさらにさらに喜びを分かち合いたいと思います![]()
まずは糧にするためには、振り返りの作業、シェアの作業ですね。その作業はスピード勝負です。人間は悲しいかなすぐ忘れます。自戒を込めて![]()
さて、今回も房仙先生による揮毫は息を呑みました。
目頭もクッと熱くなり、その一つ一つの作品を先生がどういう想いで、何を伝えたいかという先生の魂の咆哮のような気迫が、自分の意識の変化もあってなのか、いつも以上に響いた揮毫でした。
房仙先生が今回揮毫された作品
『仏智ぎった』
『源(源泉、根源、起源、源流)』
『生きぬく』
『貫く』
『継承』
これら作品で自分が感じ取ったこと。
この文章書いていて、思わず「これは房仙先生の生き様そのものじゃないか!」と遅まきながら思い至りました。それを稽古で、そして揮毫で、背中で常に生徒に気づく機会を与えてくれているのだと思うと感謝しかありませんが、そこから気づき、実行し、それぞれが輝くということこそが師匠への感謝の示し方。
ちなみに『源』という言葉からは、自然で純粋でとても大きなエネルギーが湛えられていることを感じます。昨年11月から教書誌が変わり、書聖・王羲之の残した字そのものがお手本になるという転換がありましたが、王羲之も書の世界ではまた「源」と言えるでしょう。書の稽古を通じて、その自然体ゆえの力強さを解ることを常に先生からご指導を受けているのですよね。
また、
『仏智ぎった』『生きぬく』『貫く』ですが、最近の先生のブログ文章中に
「トコトン尽くす これをしたら見えてきます」
とありました。私はこれに繋がりました。自分に対しての大きな課題でもあります。
『生きぬく』は生命に対するものというより、自分自身を生き抜く、そこには終点はないし、底もない。ただ「生き抜く!」ことで見えてくる景色があるのだと思います。
『継承』
も捉え方人それぞれだと思いますし、先生としても色々な意味を包含させているのかもしれません。「継承」の前に書かれた4作品のような生き様をしなければ「継承」そのものに辿り着けない。人生・時間は有限。「やるの!?、やらないの!?」と先生から突きつけられている、そういう強いメッセージを感じました。「はい!やります
!」
これからも今回のような房仙会まつり、また社中展など、先生が与えてくれる成長のためのステージを最大限活かしきり、仏智ぎった生き様を貫く仲間たちとしか見れないような景色を見ていきたい、そう強く思います![]()
写真は各校の皆さんが撮ってくれたものを使わせていただきました。ありがとうございます!
また会いましょう![]()

























