(この記事は2016年4月19日に投稿した記事を加筆修正したものです) 


それまでの日本のロック・ギタリストにはないスター性と実力を兼ね備えていた彼は、幼少時からクラシックピアノのレッスンを受けていましたが、10代になるとギターを始め、ローリング・ストーンズやヤードバーズ、ドアーズ等をレパートリーとするバンドを同級生と結成します。


14歳でバンド・コンテスト等に出場した彼は、早くもプロ・デビューの話を持ちかけられて、

16歳でスタジオ・ミュージシャンとしての初仕事で、ギター奏法教材のデモ演奏でギターを弾いていました。


1973年、伝説のバンドとして語られている‘スモーキー・メディスン’を結成して、解散後はスタジオ・ワークで腕を磨いていた彼は、1976年の今日、ソロとしてシングル・デビューを果たすのでした。


そんなわけで、今日の一枚はこちら↓

M1:Shinin' You, Shinin' Day

M2:かげろう

M3:It's Up To You

M4:視線
M5:Navy Blue
M6:Smoky

M7:I've Tried

M8:空模様のかげんが悪くなる前に
M9:朝

1976年に発表された、若冠21歳の天才ギタリストの彼のデビュー・アルバム、Charの『Char』です。


自ら渡米して集めてきた3人と、盟友の佐藤準による日米混合バンドも、彼の多彩な音楽性をきっちりと具現化するテクニックを持ち合わせていて、彼のギター・プレイに関しては、非凡な才能に溢れていて、単に技術的な上手さというよりも、人を魅惑する天性の華のようなものを強く感じさせます。


しかし、デビュー当時の彼の歌唱は、英詞の曲と日本語の曲との間に、聴いている方が気恥ずかしくなるようなギャップを感じてしまうのはご愛嬌なのかも知れません。

余談ですが、ドラムスのロバート・ブリルは後にアメリカに戻って‘ベルリン’に加入し、1986年には「愛は吐息のように」が世界4か国で1位を獲得する大ヒットとなりました。


デビューシングルとなったM5(c/wはM1)は、後に“ロック御三家”と呼ばれてお茶の間に進出していくにはちょっとヘヴィな印象も。


早熟の天才の非凡な音楽センスと勢いが溢れているこのアルバムは、1970年代のJロックを代表するギター少年少女必聴の一枚です。