(この記事は2016年8月13日に投稿した記事を加筆修正したものです)


初期の2本のギターのコンビネーションの魅力が失われていき、バンドとしての生気がサイケデリックの紫煙とともにドラッグとスキャンダルにまみれて、ぼろぼろになりながらもそこから脱して終えた1960年代。


1970年代に突入すると、新しいライヴ・パフォーマンスの時代のロックに対応するバンドへとモデル・チェンジを図ったります彼等は、ビートルズがアップルを設立したように、チェス・レコードの創始者の息子マーシャル・チェス氏を社長に迎えて、自分たちのレーベルを設立するのでした。


そんなわけで、今日の一枚はこちら↓
M1:ブラウン・シュガー
M2:スウェイ
M3:ワイルド・ホーセズ
M4:キャント・ユー・ヒア・ミー・ノッキング
M5:ユー・ガッタ・ムーヴ
M6:ビッチ
M7:アイ・ガット・ザ・ブルース
M8:シスター・モーフィン
M9:デッド・フラワーズ
M10:ムーンライト・マイル

1971年に発表された、全英米をはじめ世界9か国で1位を獲得した彼等の9thスタジオ・アルバム、ザ・ローリング・ストーンズの『スティッキー・フィンガーズ』です。

ジミー・ミラーのプロデュースによるこのアルバムは、彼等が設立したレーベル“ローリング・ストーンズ・レコード”からリリースされた初のスタジオ・アルバムで、新メンバーのミック・テイラーが初めて本格的にレコーディングに参加した作品であるとともに、ブライアン・ジョーンズが全く関与していないアルバムでもありました。

また、アンディ・ウォーホルによるポップ・アート感覚が溢れたジャケット・カヴァーは、英米のオリジナル盤には、本物のジッパーを使用し、日本盤ではYKK製のジッパーが使用されていて、イタリアで5位、日本でもオリコン9位を記録するヒット・アルバムとなりました。
因みに、スペイン盤はちょっと異様なジャケット・カヴァーでした。

先行シングルとしてリリースされたM1(c/wはM6)は、タイトなビートの奥に様々なブラック
・ミュージックの歴史が渦巻いている、新時代の幕開けに相応しい楽曲で、全米はじめ世界4か国で1位を獲得、全英やフランスでは2位を記録しました。

フォーク・ブルース・シンガー、フレッド・マクダウェルのカヴァーM5での解釈の深みなどは、初期のフル・コピーしていた世界観とは比べようもないほどですが、あまりに大上段にメンフィスを振りかざしたM7はオーティス・レディングのイミテーションみたいで少々勇み足といった感も。

因みに、アルバム収録曲の全てが、後のライヴで一度は取り上げられていますが、そのようなオリジナル・アルバムは、彼等の長い歴史の中で、このアルバムを含めて3作品しかありません。

また、実直にブリティッシュ・ブルース・ギタリストとしての道を歩んできたミック・テイラー加入が、新しい何かを始めようとする彼等の出発点の再確認を象徴するものだったのかも知れないこのアルバムは、彼等が最高のロック・バンドであることを自ら立証した、彼等の歴史を語るうえで不可欠な一枚です。