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皆さん、「双子のパラドックス」という言葉をご存じでしょうか?

高速で飛ぶ宇宙船の中では、地球よりも時間がゆっくりと進む、という話を聞いたことがあると思います。
 
これはSF上の設定などではなく、アインシュタインが時空の概念を相対性理論として発表して以降、現時点では「科学的事実」とされています。
 
ニュートンの万有引力が「科学的事実」とされているように。
 
宇宙船でなくとも、実際にジェット機の中では、ほんの僅かですが、地上より時間がゆっくりと進みます。

このことは、とてつもなく精度が高い原子時計で既に計測、確認されています。

地球の周りを高速で周回している、私たちの生活に身近なGPS衛星でも同じです。

時間の進み方に僅かな地上とのズレが生じるようです。そのため、GPS衛星内の原子時計は常に補正されています。
 
やっと、ここから「双子のパラドックス」の話をします。
 
双子の兄が光速に近い速度で飛行する宇宙船に乗り、弟が地球に残るとしましょう。


宇宙船内の時間で10年後に地球に戻ったとしましょう。

そうすると、例えば、地球に戻ってきた宇宙船から出てくる35歳の兄が地球で再会するのは、60歳の弟だったりするわけです。
 
浦島太郎のようなことが現実に起こるわけです。ここまではパラドックス(矛盾)はなく、単なる科学的事実です。
 
ところが、地球から観察すると、高速で移動しているのは宇宙船ですが、宇宙船から観察すると、高速で移動しているのは地球の方です。
 
この現象には全くの対称性があります。
 
【高速で移動する場では、時間がゆっくり進む】という現象は、地球から観察しても、宇宙船から観察しても同じです。お互い様のはずです。
 
つまり、地球から観察すれば、宇宙船内の時間がゆっくり進みます。一方、逆に宇宙船から観察すれば、地球の時間がゆっくり進むはずです。
 
宇宙船が地球に戻ったシーンでは、兄と弟がそれぞれ異なる体験をするはずです。

地球で待っていた弟の体験は、宇宙船が戻ってきたときには、例えば、自分が60歳で、宇宙船から出てくる兄が35歳です。
 
一方、宇宙船から出てくる兄の体験では、60歳の自分が35歳の弟に再会します。
 
2つの違うシーンが起こります。どういうこと???
 
このありえない現象が「双子のパラドックス」と呼ばれています。

後述しますが、ちなみに、私は個人的には、この2つの異なるシーンが別々に起こる、ということは「ありえる」と思っています。
 
さて、この矛盾する「双子のパラドックス」を説明している上記の論理展開のどこにトリックがあるのでしょうか?

それを解説しているのが、このYouTubeです。


オツムの弱い私には、このYouTubeは、幼稚園児が微分方程式の説明を聞いているようでチンプンカンプンでした。途中までは、なんとかついていけたのですが。
 
このYouTubeで説明している結論は、地球と宇宙船なら、時間がゆっくりと進むのは宇宙船側だけということらしいです。

「宇宙船から見れば、高速で動いているのは地球の方だから、地球の時間がゆっくり進む」という主張がトリックだとのこと。
 
以上は科学のお話でしたが、ここから先は、非科学的で根拠のない私の妄想です。
 
「双子のパラドックスは解決された」との上のYouTubeの主張を聞き、私には疑問が浮かびました。
 
「地球と宇宙船」ではなく、「宇宙船Aと宇宙船B」とが、それぞれ光速の0.4倍程度の速度でお互いに逆向きの方向に飛んだ場合はどうだろう?と。
 
この想定では、「相手の宇宙船が光速の約0.8倍のスピードで自分から遠ざかる」という現象には、明らかに対称性があるような気がします。

そうすると、「相手の宇宙船内の時間がゆっくり進む」という現象は、お互い様になるのでは?
 
この宇宙船が何年後かに再会すれば、例えば「兄が60歳で弟が35歳」というシーンと、その逆に「兄が35歳で弟が60歳」という異なる2つのシーンが起こるのでは?
 
もし、この異なる2つのシーンは矛盾!と考えるなら、その理由は、「この世界は一つ」ということを大前提としているからではないでしょうか。
 
しかし、21世紀では常識とされている「この世界は一つ」という大前提自体は、はたして正しいのでしょうか?
 
昔々、ニュートンの時代は、「絶対的な空間、絶対的な時間」を大前提の常識としていました。

しかし、ご存じの通り、この大前提は、アインシュタインによって覆されました。
 
昔々のそのまた昔、常識とされていた大前提の天動説も、コペルニクスによって覆されました。
 
まるで、常識は覆されるために存在しているようです。
 
ド素人の怖さ知らずで言わせてもらうなら、量子力学で有名なあの「多世界解釈」って、この2つのシーンの世界がそれぞれ存在する、ってことでは?
 
「兄が60歳で弟が35歳」という世界も、その逆の「兄が35歳で弟が60歳」という世界も、両方共に存在するのでは?

つまり、各観測者、各人がそれぞれ異なる宇宙、世界を観察しているのでは?
 
「一人一宇宙」(ひとりいちうちゅう)という言葉があるらしいですね。
 
この言葉が、何を意味しているのか、どういう分野の言葉なのか全く知りません。

ただ、なんとなく、それぞれの宇宙には観察者が一人だけしかいない、という意味のように感じます。

つまり、もちろん、妄想ですが、宇宙には自分一人いるだけで、周囲の人間は、自分の見ている世界(ドラマ)の単なる登場人物(映像)にすぎないのかもしれません。

ひょっとして、自分が見ている世界、宇宙は、自分専用なのでは?

宇宙の主は神ではなく自分なのかも。(大丈夫です😅 精神を病んでいるわけではありません😅 妄想が好きなだけです😅)

私が小学生の頃から抱いてずっと解けなかった疑問は、「自分って何だろう?」という謎でした。

その答えは、上述の通り、「自分」とは、この宇宙の中心にいるたった一人の観察者のような気がしてきました。

では、その「観察者」は一体何なのでしょう???

世界は観察者の数だけあるのかもしれません。
 
まだ、元気が残っている方は、下のYouTubeもお勧めします。

アインシュタインは、量子力学を理解できずに否定していました。アインシュタインの間違いは、アインシュタインの死後に証明され、その歴史が紹介されています。