霊峰富士を囲む富士五湖の一つ 河口湖畔に鎮座し、

1,300年以上の歴史を有する富士山最古の『冨士御室浅間神社』は、

修験や登拝といった様々な富士山信仰の拠点として位置づけられる二合目の本宮と

土地の産土神として里宮が一体となった機能してきた神社です。

坂上田村麿、藤原秀郷、源頼朝、武田家、徳川家など

有力な武将の祈願所としてきた古社です。

 

広い境内には、富士山を背にする本宮と、河口湖を背にする里宮が建てられています。

かつて本宮は富士山吉田口登山道二合目に鎮座していましたが、

昭和39年(1964年)に富士スバルラインが開通すると、富士講の本道であった

吉田口登山道が衰退し、本宮への参拝と維持も難しくなり、永久保存のために

この河口湖畔の里宮に本宮が遷座されました。

現在、本宮があった地には奥宮が建てられています。

また、富士山吉田口登山道入り口にある北口本宮冨士浅間神社は

冨士御室浅間神社の下社にあたります。

 

◆魔王天神社

◆狛犬

 

◆大鳥居と社号標

大鳥居には「里宮社」の扁額が掲げられています。

◆冨士御室浅間神社

山梨県南都留郡富士河口湖町勝山3951

【社格等】

旧県社、別表神社

【ご祭神】

●木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)・・・浅間大神

【ご由緒】

文武3年(699年)に藤原義忠によって富士山二合目に奉斉されたと伝えられ、

その後の養老4年(720年)に雨屋を建立、大同2年(807年)に坂上田村麿が

蝦夷征伐の御礼として社殿を創建されました。

富士山の噴火や厳しい自然の環境により、何度となく焼失、倒壊、破損を繰り返しながら

その都度、再建されてきたと伝えられています。

天徳2年(958年)には、村上天皇により氏子の祭祀の利便のため河口湖の南岸に

里宮が創建されました。

中世には修験道、近世には富士講と結びついて発展しました。

特に戦国時代には甲斐国の武田家三代に渡り崇敬を受け、武田信玄直筆の

安産祈願文をはじめ、多数の古文書が今も保管されています。

現在の本殿は慶長17年(1612年)に徳川家の家臣・鳥居成次によって建てられました。

その後4回の大改修を経て、昭和48年(1973年)に富士山二合目から里宮に移築されました。

 

◆境内案内図

◆表参道

 

この表参道の先に富士山が聳えています。

◆随神門

 

 

 

随神門をくぐると正面に里宮社殿が建っています。その背後には河口湖が広がっています。

◆不老(右)と長寿(左)の像

◆百福の龍宝珠

◆手水舎

里宮の拝殿から随神門、その先に富士山が見えるようですが・・・。

この日は残念ながら雲に隠れて富士山を見ることが出来ませんでした。

現在の社殿は、明治22年に再建されました。

◆里宮社 拝殿

 

 

◆祓所

武田晴信(信玄)が武田・北条・今川の三国同盟のため北条氏政に嫁がした

長女・黄梅院の安産を願い願文を奉納されています。

黄梅院は氏政との間に北条家5代目当主となった氏直などを生んでいます。

◆武田信玄公御祈願所の碑

里宮の裏手の森から北参道を通って河口湖畔の道に出ることができますが、

そこを歩いていると雉でしょうか?見かけました!

◆北鳥居

北参道を抜けると河口湖畔に出て「馬の足洗い場」と云う名の小さな岬があります。

社伝の背後には社叢が広がり、いくつもの境内末社が祀られています。

◆里宮社 本殿

◆天神社・雷神社

◆疱瘡社

◆片山社

里宮本殿の真裏に別天津神社・国津神社が祀られていました。

◆別天津神社・国津神社

◆石割社

河口湖を背にした里宮の本殿は、富士山を正面に仰いでいます。

◆里宮 本殿

 

◆稲荷神社

 

◆社務所

里宮のすぐ近くに富士山吉田口登山道二合目から遷座された本宮が建っています。

◆本宮 社殿

「天津磐境冨士山北口二合目 冨士御室大権現大神」と刻まれた碑。

◆本宮近くの祠

◆神使の撫牛

神威八紘張と刻まれた神馬の像。

素朴な雰囲気の里宮社殿と、鮮やかな朱の美しい本宮社殿は対照的です。

◆本宮 拝殿

本宮拝殿の入口には、東照御神君・御二代将軍と記された御棟札、

朱の天狗が掲げられています。

◆御室浅間の扁額(左)、本宮御棟札(右)

 

本殿は、慶長17年(1612年)に徳川家の家臣・鳥居成次によって造営され、

桃山時代の特色をもった技法の優れた建造物だそうです。

◆本宮 本殿

◆西鳥居

西鳥居を出たところに駐車場(無料)があり、その横にはシッコゴ公園があります。

神社に伝わる流鏑馬(やぶさめ)は、天慶3年(940年)に藤原秀郷が平将門の乱を

平定した帰りに戦勝を祝って奉納したことに始まると伝えられ、

900年以上の歴史をもつ伝統の流鏑馬が行われるのがここシッコゴ公園です。

◆シッコゴ公園

 

シッコゴ公園から湖へと続く溶岩で出来た入り江を進むと精進場があります。

◆精進場

日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の帰路に立ち寄り、

身の穢れを浄めた場所であると云う伝説があります。

◆精進場先からの眺め

◆御朱印

◆富士山周辺マップ

◆富士御室浅間神社周辺マップ

<参考文献>

・冨士御室浅間神社公式ホームページ

・現地説明看板およびパンフレット

・勝山観光協会ホームページ

・YAHOO.JAPAN 地図

・ウィキペディア