私自身が小学生の頃のことですが(50年くらい前です)、

何か言うと「証拠は?」と、いちいち言う子がいて、嫌でした。

「僕は見た」だけでは証拠になりません。

しかし、当たり前のことなら、証拠など不要です。

「エビデンス」も同じです。

エビデンス、エビデンスと、あまり言うのもどうかと思いますが、

医療では、エビデンスを「無視することはできません」。

私個人の考えで、定義ではないのですが、

医療におけるエビデンスは、論文の質の良さ、数の多さです。

学会発表の場での、十分な討論を経て、

よいエビデンスとして次の時代に伝えていくために、

ぜひ論文にしたい(してほしい)と思っています。

 

自閉症治療のエビデンスです。

まず、自閉症小児への薬物療法ですが、

リスパダール(リスペリドン)(5歳以上)

エビリファイ(アリピプラゾール)(6歳以上)

という2つの薬が保険診療で使用可能です。

つまり、安全性と有効性のエビデンスが認められています。

どちらの薬も、「自閉症小児の易刺激性」

つまり「イライラ、癇癪」に対して、使用されます。

自閉症児の中核症状、とくに「社会性コミュニケーション障害」については、この薬で改善する、という根拠(エビデンス)はありません。*1

 

ところで、自閉症を「治療する」という言葉に、違和感を感じられませんか?

「支援」とか「療育(発達支援)」の方がよい気がします。

これはどうも、世界的には、「治療」といえば幅広く「支援」も含むのに、日本ではそうではないから、だろうなと、私は思っています。

 

「治療」というと、日本の法律では、医師が行なう医療行為のことをいいます。*2

これは「日本特有の事情」で、*2

国際的には、「治療は医師の行為とは限らない」そうです。 *3

英語で「治療」って、何というかご存じですか。

Wikipediaによれば、治療、広い意味での「Therapy」には、

care、therapy、treatment、intervention、*4

少なくとも、この4つが含まれていて(careの右隣に、support、が入るかもと私は思っています)、*5

この4つは、意味が重複していて、厳密な区別ではないようですが、

左に行くほど(care)幅広い概念で、右へ行くほど(intervention)具体的・個別的な感じになる、ということのようです。

 

ちなみに、英国のNICEガイドライン:推奨事項、を見ると、*6

チャレンジング行動(日本語では、強度行動障害に相当する)という具体的な内容に対する治療に、「intervention(介入)」という言葉が使われていて、

この項の中には、薬物療法だけではなく、医師以外が行う行為:たとえば、環境調整についても、

また、行動の機能的アセスメント(応用行動分析学)についても、記載されています。

 

自閉症児への治療でエビデンスが示されている、非薬物治療(いわゆる「療育」)について書きます。

 

● ABA療育

ABAは、応用行動分析(Applied Behavioral Analysis)という、学問の名前です。

その基本原理をごく簡単に書かせてもらいますと、

行動の「直後」に、よいことがあると、その行動は増える

というものです。

幼い子どもさんに「よい行動」が見られた時には、すぐに

誉め言葉をかけてあげたり、好きなものをご褒美としてあげると、次からも、その行動が、また起こりやすくなります。

行動の基本原理ですので、自閉症児に限らず、すべての子どもさん、大人にもあてはまりますが、

自閉症のお子さんは、大人の予想と違う反応を見せたり、誉め言葉が響きにくいことがありますので、しばしば工夫が必要になります。

 

ABA療育というのは、このABAの基本原理を使った療育方法のことです。

椅子への座らせ方、マッチング、動作模倣、音声指示、などの具体的なプログラムがあります。

ABA療育のマニュアルはもともと、Lovaasが書いた「The ME Book」という本でしたが、

 

この内容は、日本語の「つみきプログラム」に引き継がれています。

 

 

ABA療育の最初のエビデンスは、Lovaas (1987)による、準ランダム化比較試験です。*7

4歳未満(Early)のASDの子どもさんたちに、

週40時間(High-intensity)、2~3年間、

DTT(Discrete Trial Training;不連続施行訓練)の方法で、ABA療育を行えば、

DQ(IQ)が伸びる、というものです。ただし個人差があります。

DTTは、指示→プロンプト(ヒント)→適切な行動→強化(褒美)

これを1試行として、何度も繰り返していく方法です。

このABA早期療育は、 EIBI(Early Intensive Behavioral Intervention;早期集中行動介入)と呼ばれます。

 

「自閉症児へのABA療育のエビデンス」といった時、

このLovaasの研究があまりにも有名なために、

知的に伸ばす(DQまたはIQを伸ばす)エビデンス、と理解されています。

 

ABA療育が自閉症児を知的に伸ばすことについては、その後世界中でたくさんの追試が行われています。

 

 

上の図は、メタ解析(たくさんの研究結果のまとめ)です(図は一部改変しています)。*8

ABA療育を受けた子どもたちが、療育の前に比べて、【言語性IQが】伸びたかどうかを調べたものです。

 

メタ解析のこのような図(フォレスト・プロット)の見方は、

真ん中の赤い線より右なら、よくなった、という意味になります。

図の一番下の「黒いひし形(♦)が、全体のまとめになっています。

 

例えば、一番上の、Anderson (1987)の論文では、

個人差があって、伸びた子どもさんも、伸びなかった子どもさんもいたけれども、

全体としてみれば、■は、赤線0.00よりも少しだけ右(=療育後に伸びた)ということです。

次のBen-(2007)の論文では、非常によく伸びたことが分かります。

上の図の、まんなかあたりに、Lovaas(1987)の論文も、含まれています。

また、ほかには、週40時間より、ずっと短い療育時間の論文結果も、ここに含まれています。

大切なことは、

ある一人の研究者だけではなく、こんなにたくさんの研究が、

「ABA療育で自閉症児が知的に伸びる」結果をだしているということです。

 

本来なら

「自閉症がよくなる」ということは、中核症状がよくなるか、つまり社会的コミュニケーションが伸びるか、こだわり・常同行動が減るか、ということで、示されるはずのことです。

「知的に伸びる」ことはもちろん、非常に重要なことですが、

自閉症が良くなる、とか、自閉度が下がる、ということとは、また別の話になります。

療育のエビデンスといった時には、何を目標とした内容なのかということを、意識して調べる必要があります。

保護者なら、療育で子どもさんにどうなって欲しいのかを意識して、療育の内容を考えていくのがよいと思います。

 

それでは、ABA療育の、自閉症の中核症状に対するエビデンスはあるでしょうか。

ABA療育でよくなるのは、もちろん、DQ/IQだけではありません。

同じメタ分析の論文の結果の図です。

 

 

 

コミュニケーションスキルについても、(IQ/DQほどの論文数ではありませんが)、上記の研究のすべてで、ABA療育後に、伸びることが示されています。

 

上記研究では、対象者はすべて、ABA療育を行った自閉症小児であり、

療育の前後でどう変わったか、というスタディでした。

それでは、自閉症小児で、ABAを行った群と、通常療育を行った群で、ランダムにその後を比較した論文は、あるでしょうか。

 

あります。

 

ABA療育と通常の療育(TAU;Therapy As Usual)と比較したランダム化比較試験のメタ分析の論文でも、エビデンスが示されています *9

 

ABA療育の方が、知的に伸びるというデータ(↓)

 

 

ABA療育の方が、コミュニケーションスキルが伸びるというデータ(↓)

 

ABA療育の方が、自閉症の重症度が下がるというデータ(論文の数は多くありませんが)(↓)も、あります。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

*1.

自閉症の中核症状のうち、「こだわり、常同行動」については、リスパダール(リスペリドン)で改善する、という論文報告は、出てきています。

このブログの過去記事(31)をごらんください。

 

*2.

 

*3.

「発達障害の診断と治療」診断と治療社.p200(治療総論).

 

 

*4.

 

*5.

 

*6.

 

*7.

https://earlyautismservices.com/wp-content/uploads/2018/02/lovaas-1987.pdf

 

*8.

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1750946718300485

 

*9.

Early intensive behavioral intervention (EIBI) for young children with autism spectrum disorders (ASD) - Reichow, B - 2018 | Cochrane Library