(わが子が自閉症だと)早くはっきり診断してもらえてよかったです

こう言われる保護者の方もおられますが、全員ではありません。

 

ABAなどの療育は、ご両親に、診断を「前向きに」受け止めていただいてから、はじめるのがよいと思います。

これがそう簡単ではない理由は主に、二つあります。

1)診断方法が分かりにくい。

2)診断を認めたくない。

 

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1)診断方法について

 

一般論ですが、正しい診断のために、どのような検査や評価が行われるべきでしょうか。

ウイルス感染症を例にとれば、新型コロナにせよ、インフルエンザにせよ、

「ゴールドスタンダード」*1 はPCRです。

 

ただ、PCRは、時間もお金もかかりすぎるので、「抗原迅速検査」が実用的で、保険診療ではよく行われています。

ASDについては、

最近の「ゴールドスタンダード」は、ADI-R(親面接でのきめ細やかな聞き取り)とADOS-2(直接の行動観察)です。*2

やはり、時間もお金もかかりすぎるので、より実用的な、ほかの診断検査が、いくつも検討されています。*3

M-CHAT、もその一つです。

 

M-CHAT、は、1歳6か月健診でよく行われるようになった、厚生労働省推奨の、ASDのスクリーニング検査です。*4

非常によい検査ですが、スクリーニング検査ですから、M-CHATが陽性であっても、即ASDとは診断できません。

(また、M-CHATが陰性でも、ASDを否定できるというものでもありません。)

M-CHATには、親御さんへの、25個の質問項目がありますので、例を見てみましょう。

 

15. あなたが部屋の中の離れたところにあるオモチャを指でさすと、お子さんはその方向を見ますか? 

 

これは、共同注意(Joint Attention)を知るための項目の一つです。

共同注意は、ASDと診断される前の時期、振り返ると、そのお子さんの乳幼児期に見られにくい、非常に重要な特徴です。

日本の報告では、*5

のちにASDと診断された児の1歳6か月時に、この項目15が「いいえ」だった割合は23.5% 一方、

のちに非ASDとされた児の1歳6か月時に、この項目15が「いいえ」だった割合は1.4%

 

ASD児であっても、70%以上が、「はい」と回答する、というなら、案外、多いなあと私は感じました。

ちなみに、ノルウェイでの調査でも、同じくらいの%でした。

本当にそうなのかな。私自身が子どもさんの行動を観察して確かめたい、という気持ちになりました。

 

自閉症の診断は、DSM-5(2013)の診断基準に従って行われますが、*6*7

やはり「親御さんへの聞き取り」だけではなくて、

子どもさんの行動観察」も、あわせて行うのがよいとされています。*6*7

ASDのゴールドスタンダードが、「丁寧な聞き取り(ADI-R)」と「行動観察(ADOS-2)」である、ということと、

考え方は同じです。

 

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2)診断の受容について

ASDの症状が軽ければ、親も診断を受け入れやすくなると推測する人もいるかもしれない。

しかし、調査結果はまったく逆でした。

つまり、症状の重症度が高いほど、親の受け入れが大きくなるということです。*8

分かる気もします。

もちろん、そうでない場合もあると思います。あくまで、傾向としてそうだ、という話です。

 

お子さんのASDの診断を、親御さんが受容するのが難しい理由は何でしょうか。

2018年の英国の論文をご紹介します。*9

 

【1. 自閉症を理解し、受け入れるプロセス】

 

私の母はガンを患っていて、深刻な病状と診断されたとき、訓練を受けた看護師がいて1時間私と一緒に座って話してくれました。

コンサルタントは本当に親切で、私に話しかけてくれました。

それは、私が自閉症と診断されたときと比べれば、そのコントラストは驚くべきものでした。

… それは冷たく、打算的で、他には何もありませんでした。

 

私個人の思いですが、

主治医と親御さんのほかに、どなたか橋渡ししてくれる方がいてくれるといいなと思います。

もちろん誰でもいいわけではありません。

例えるのが適当か分かりませんが、

遺伝性疾患の患者さんなら、認定遺伝カウンセラーさんがおられたり、

臓器移植の際には、コーディネーターさんがおられたりします。

専門的な知識を持った、第三者の方にいていただけることが理想に思います。

 

【2. 診断プロセスの満足を妨げる障壁】

 

(1)一般医は、最初の窓口であるが、自閉症に対する理解が欠如している。
(2)専門家が、肯定的な点ではなく否定的な点に注目する傾向にある。
(3)患者と専門家とのパートナーシップがない。親の情報が大切にされない。

【3. 診断後のサポート提供が不十分】

多くの親は、正式な自閉症の診断を受けることが援助やサポートへの入り口となると考えているが、

実際には、サービスへのアクセスを求めて戦いながら、一人で状況を管理しなければならないことが多い。

 

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まとめますと、

診断を受容し、前向きに療育に進んでもらうためには、

診断の過程に、医師一人きりよりも、他の職種の方にも加わっていただくこと、

親御さんからの情報を尊重して、親御さんにも、一緒に診断過程に関わってもらうのがよいと思います。

 

ASDについては、

多くの分野のスタッフで自閉症チームを作り、「ゴールドスタンダード」テストを使用して自閉症の診断を行うこと、

これが現在の「ベストプラクティス」と考えられています。*3

 

新潟病院は、臨床研究が可能な施設ですから、

「ゴールドスタンダード」と「ベストプラクティス」の考え方を研究し、発展させていくことを考えています。

「面接はきめ細やかに、かみ砕いた、具体的な言葉での質問で行うこと」、

「行動観察の際には、子どもさんにリラックスしてもらうこと」、

また、

「医師、スタッフ、親御さんにも、診断のプロセスに関わっていただくこと」を、心がけたいと思います。

そして、診断は、ただ病名をつけるだけで終わるのではなく、

子どもさんの特性を、もちろん、長所、も踏まえてまるごと尊重し、

その後の支援や療育につなげていくことが大切に思います。

 

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さて。ここまでの記事を自分で読み返してみたのですが、

ここで終わりたくなくなりました。

「なんか、きれいごとすぎる」ように、自分で感じました。

 

例えば、私が親御さんに「思うことを何でも自由に聞かせてください」と言ったところで、

そうしていただけるとは限らないからです。

もう一つ、どうしても考えるべきことがある、と思いました。

それは、「心理的安全性」、*10ということです。

心理的安全性とは、誰にどのような発言をしても罰せられないという「ルールが決められていること」ではありません。誰にどのような発言をしても罰せられない「雰囲気」「暗黙の了解」のことをいうのです。

私だって、自分の考えを否定されたり、反対のことを言われれば、爽やかな気分ではいられないと思います。

ただし、

例えば「ここが学会発表の場」だと思えば、私には、むしろ楽しいことになります。

(学会は、医師としての私が知る限り、最も「心理的安全性」が保たれた場所です。)

医療現場における「心理的安全性」、

なかでも、患者さんや親御さんの医療(診断プロセス)への参加*11、ということを考えて、

医療者側が、何でも言ってもらえるような、環境作りをしていかないと、

結局、将来のASDの医療や療育が進んでいかない気がしています。

 

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*1.

「ゴールドスタンダード」とは、診断や評価の精度が高いものとして広く容認された手法のことです。

 

*2.

https://psych.or.jp/wp-content/uploads/2017/10/67-9-12.pdf

 

*3.

https://www.researchgate.net/publication/343919807_Rethinking_gold_standards_and_best_practices_in_the_assessment_of_autism

 

*4

http://www.pref.nara.jp/secure/153879/8M-chat.pdf

 

*5.

泉信夫.島根県の1歳6か月健診における自閉スペクトラム症(ASD)リスク児のスクリーニングに関する考察.

島根医学第40巻第2号2020(令和2年8月

 

*6.

https://dmu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=2428&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1

 

*7.

発達障害の診断と治療 ADHDとASD 榊原洋一、神尾陽子 編著.診断と治療社.

 

 

*8.

この論文でいう「ASDの重症度」は、CARS(小児自閉症評定尺度)によるもので、

得点が高いほど自閉症が重度;「自閉症ではない」、「軽・中度自閉症」、「重度自閉症」と評価されます。

知的障害の重症度を評価した内容ではありませんでした。

 

*9.

 

*10.

 

*11.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsqsh/15/4/15_378/_pdf/-char/ja