『魔女館からの脱出 キャット&チョコレート ゲームノベル』(秋口ぎぐる。新紀元社)の読書メモ | キジバトのさえずり(鳩に執着する男の語り)

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本家→「知識の殿堂」 http://fujimotoyasuhisa.sakura.ne.jp/

・概要――2人の中学生が幽霊屋敷に閉じこめられる。屋敷から脱出するには、数々の謎を解き明かさなければならない。


・総合評価――できのよいゲームでもないし、できの悪いゲームでもない。対価(税別850円)に見合った、ごく普通の作品。


・ゲームの難易度――易しい(誰でもクリア可能)。ちょっとしたクイズゲームのような感じ。


・パラグラフ数――77。


・クリアまでのプレー時間――約2時間。


・ゲームシステム――サイコロを振ったり、紙に記入したりする必要なし。
 ゲームブックというと、この手順を面倒くさがるプレーヤーがいる(俺もその1人)
 現代のスマホゲームを想起させる、お手軽な作りが、プレーアビリティを高めている。


・個人的に好きな部分その1――ゲームオーバーがないところ。謎が分からなければ、単に先に進めなくなるだけ。
 できの悪いゲームブックの中には、ある選択肢を選んだら、いきなり、落とし穴に落ちて死亡する、といったものがある。事前のヒントが一切ないので、理不尽極まりない(さながら、第1作目の『アローン・イン・ザ・ダーク』のようなゲーム)
 俺は、そういう作品が好きじゃない。
 ゲームオーバーがないシステムに、好感が持てる。


・個人的に好きな部分その2――2つのアイテムを組み合わせて、謎を解いていくところ。
 例えば、甲冑(かっちゅう)に身を包んだ、西洋の騎士を倒すには、ボールとロープが必要になる。
 ボールとロープには番号が振られていて、この2つの数字を組み合わせると、次の行き先のパラグラフになる。そして、このパラグラフに、「西洋の騎士を倒した」というストーリーが書かれている。
 与えられたヒントをもとに、プレーヤーは推理力を働かせて、今、求められている2つのアイテムをピックアップする。そして、その2つのアイテムを組み合わせて、次の行き先のパラグラフを知る、というシステムがよい。


・個人的に好きな部分その3――文章が平易で読みやすいところ。内容がスッと頭の中に入ってくる。
 それでいて、ライトノベルなどに顕著な、擬声語などの文章表現を、ほぼ用いていない。
 なかなか、うまい文章だ、と思った。


・個人的に好きな部分その4――ストーリーやキャラクターが、全てテンプレートなのに、許せてしまうところ。
 口汚い言い方をすれば、本作の内容は陳腐である。何ら得るものはない。
 しかし、そこがいい!
 クリエイターというのは、欲張りである。作り手の個性を作品に彫り込んでしまう。
 その個性が邪魔なのだ。
 大抵、失敗する。
 独自性を演出しようとして、結局、わけの分からないものになる(俺はこれを「押井守病」と呼んでいる)
 あえて言おう。
 毒にも薬にもなってはならない!
 ゲームという商品である以上は、これを定食屋に例えるなら、「定番の唐揚げ定食」の提供を目指すべきなのだ。
 上等な味ではないのだが、確実にうまい、というクオリティーだ。
「傑作にはなれないが一般作にはなれる」
 これがゲームブックの目指す地平の1つである。
 ひとときの時間つぶし、と言われると、ムッとする作り手がいるかもしれない。
 しかし、それは違う。
 プレーヤーから、時間つぶしになった、と言われることは、最大の褒め言葉なのだ。
 だって、ほとんどのゲームは、時間つぶしにもならないクソゲーばかりでしょ。
 そういう点において、本作は、プロらしい抑制の利いた、「定番の唐揚げ定食」として味わえる。
 甲冑(かっちゅう)に身を包んだ、西洋の騎士が襲ってくる、というシチュエーションも、テンプレートだし、こいつを倒してみたら、中身は空で誰も入っていなかった、という流れも、ありきたりだ。
 こういう定番を貫くことが、素人の作り手はできない。
 逆に考えてみよ。
 そんな使い古された設定、今更できるか?
 何か、衒学的(げんがくてき)な理屈をでっち上げたり、変な仕かけをこしらえたりして、ありきたりから遠ざかろうとする、素人は!
 本格派推理小説じゃないんだからさ、そんなのいらないのだ!
 冒険をしないことが大冒険というプロフェッショナルの神髄を、俺はこのゲームに見た。
 普通に唐揚げ定食を作ればいいのに、俺が作ると、バジルソースをかけたり、あんかけにしたり、と、余計なことをしてしまう。
 結局、まずいものになる。
 ときには、陳腐を貫くべきなのだ。
 吸血鬼がいたとしたら、吸血鬼は十字架にひるむべきだし、銀製の武器も通用しなきゃならない。
 十字架や銀製の武器を受けつけない吸血鬼なぞ、想定してはならない。
 いや、そもそも、吸血鬼なんて古くさい妖怪を出せるか、という疑問も覚えてはいけない。
 ユーザーは、作り手のそんなあがきを求めていない。
 どこかで見たことのある、紋切り型の表現こそ、プロの自制であり、真価でもある。
 しかし、それでいて、面白いのだ。
 そういう意味において、手際よくまとめられたゲームだと思う。