・俺が小学生だった頃の話になるが、猫を脅かすのが好きなS君という子が同じ学級にいた。
S君が猫の姿を認めると、彼はぶつからんばかりに猫に接近する。
その状況に、猫はびくっと体を震わせて、一目散に逃げる。
子供であっても、猫が相手なら、暴君を演じられる。
「どうだ。俺の力を見たか」
と、思っているのか、S君はうれしそうに勝ち誇る。しかし、相手が飼い猫だと、うまくいかないときがある。猫が人間になれ切ってしまっていて、人が近づいただけでは逃げてくれない。
ふてぶてしい猫だと、ニャーと威嚇するように鳴いて、
「お前、面倒くせえよ」
と、主張してくる(多分)個体もいる。
そういう猫に出くわしたときのS君は、猫を脅かしてやろうと躍起になる。
全速力で猫に詰め寄ったり、襲いかかる動作をしたりする。
はじめこそ、余裕の表情を保っていた猫も、だんだんと、やばい人間に絡まれていることが分かって、顔つきが変わってくる。やがて、危険を感じて、猫がさっと、その場から逃れる。
S君は、
「ざまあみろ」
と、言って、喜々とする。
さて、ちょっとゆがんだ愛情表現ではあるが、ある意味、猫好きといえるS君。
S君としては、これで毎日、猫をいじめられると思ったのであろう。俺が思っている以上に喜んでいた。
そんな頃、俺がS君の家に遊びに行くと、S君はこれ見よがしに、飼い猫をいじめはじめる。
自分の猫なので、野良猫をからかってやる以上に容赦がない。
猫を天井付近にまで放り投げて、猫がくるっと回転して着地する姿を見て、あっと声を上げる。どんな姿勢、どんな高さから猫を放り投げても、猫は体をひねって、上手に着地する。しかし、だんだんと、その姿が憎らしくなってくる。
どうやって放り投げたら、猫の背中を畳に打ちつけることができるのか。
S君は手を変え品を変えて、やり方を模索する。やがて、どうしたらよいのかS君は悟る。
単に、猫を空中に放り投げるのではなく、猫をあおむけにした状態で抱えたまま、下に引っ張るようにして落とすのだ。
「ドムッ」
という音とともに、猫はあおむけのまま、畳の上に背中から落ちる。
猫が必死の形相で起き上がる姿が滑稽だ。
S君が大声を上げて笑う。
ちなみに、S君は猫をいじめなれているので、猫がけがを負うほど、痛めつけることはない。あくまで、猫をからかってやる範囲で、畳の上に猫を落とす。
もちろん、猫にしてみれば、災難もいいところ、背中を畳に打ちつけられては、その場から逃げだそうとする。しかし、すぐにS君に捕まえられて、またもや、背中から畳の上に落とされる。
この行為はS君が飽きるまで続けられるのだが、猫もばかではないから、そのうち、うまく走り去って難を逃れる。
そんなことが繰り返されていたある日のこと、S君が小学校に登校してきた姿を見て、クラス中がざわめいた。
S君は、顔と腕に大きな引っかき傷を負っていたのだ。
クラスメートが心配になって、S君に声をかける。しかし、S君が猫をいじめている光景を見ている者にとっては、彼のけがを思いやる気になれない。
事情を知っている、俺を含む数名の男子が、腹を抱えて笑い出す。
おかしくて、おかしくて、仕方がなかった。
そりゃそうだ、さんざん、猫をいじめているのだから、そのうち、猫に逆襲されるのは火を見るより明らかではないか。
「S、どう考えたって、お前が悪いよ。猫に引っかかれたって、しょうがない」
俺は心からそう思った。
ちなみに、S君の家の猫は、この引っかき事件を起こしたあと、消息を絶っている。
S君のお母さんが猫の安否を気づかって、「うちの猫が行方不明です。とても心配していますうんぬん」の貼り紙を方々の電信柱に貼り出したのを見たときには、またもや、腹を抱えて笑ってしまった。
「いや、Sの家の猫は行方不明になったんじゃなくて、自らの意思でもって家を出たんだ。スティーブ・マックィーンも真っ青の『大脱走』だから。Sの家になんて、二度と戻りたくない、とやつは思っているよ」
もともと、S君のお母さんは、ちょっと鈍いところがあって、息子が猫いじめをするような子であることを分かっていなかった。だからこそ、子育てに抜かりがあって、S君がちょっと変わった性格・性向になってしまったといえるのだが……。