板橋にある氷川神社です
創建は、1206年頃と言われる
領主だった豊島左衛門尉経秦が
埼玉の武蔵国の一宮である氷川神社から
分霊を勧請。
拝殿近くの狛犬
1845年生まれ
1800年代らしい毛並みと風格
向かって右
向かって左
参道途中にある
境内社:天祖神社前の狛犬
1859年生まれ
こちらも1800年代の特徴を兼ね備える
カールする毛並みが麗しい
向かって右
向かって左
板橋にある氷川神社です
創建は、1206年頃と言われる
領主だった豊島左衛門尉経秦が
埼玉の武蔵国の一宮である氷川神社から
分霊を勧請。
拝殿近くの狛犬
1845年生まれ
1800年代らしい毛並みと風格
向かって右
向かって左
参道途中にある
境内社:天祖神社前の狛犬
1859年生まれ
こちらも1800年代の特徴を兼ね備える
カールする毛並みが麗しい
向かって右
向かって左
創建は1665年
創建者は、寺子屋を開いていた石井兵助直慶氏
学問の神様、菅原道真公を祀ったのが始まり
そのまま神社名となりました
主祭神:菅原道真公
学問・文芸・芸能の神様
天神様なので「なで牛」が鎮座
鼻筋がたくさんなでられて光っています
狛犬は1対
巻き毛が美しい正統派スタイル
リアルライオンに近い
特に道具などもない
1926年(大正15年)生まれ
向かって右
向かって左
後ろ姿 カエルっぽくてかわゆい
京丹波町の山間にあります
標高は500m
参道は400m
あまり観光客は来ません
とても空気も雰囲気も素晴らしい
気に満ちた場
創建は947年~957年
平安時代
参道脇には樹齢数百年の杉
主祭神
ホンワケノミコト(応神天皇)
狛犬は1対
1796年生まれ
江戸時代に再建された際に
奉納されたとのこと
1のつづきです
参道の中間付近には
小さい”かまえ狛犬”(伏せ狛犬)が鎮座
1918年(大正7年)生まれ
大きさは小さいが芸術性は高く
苔もいい形で付いているのも好感💗
眼光鋭く目も色付けされている
向かって右 苔が美しい!
向かって左
境内社
金の鳥居:恵比寿・大黒社
大黒様:オオクニヌシノミコト
恵比寿様:コトシロヌシorヒルコ=スクナヒコナ
商売繁盛・健康・知恵の神様
鳥居の少し先に赤マント狛犬
阿形吽形ともに口開き型
いかつい表情
髪型もリーゼント風でいかしている
エイリアンっぽくも見えるが・・・💦
1918年(大正7年)生まれ
拝殿前に小さな赤マント狛犬
こちらの方が先輩に見えるが年齢不詳
ここはパワーあふれるスポットです
創建は、鎌倉時代後期
1288年~1293年とされています。
<主祭神>風の神様 3柱
シナツヒコノミコト(風の男神様)息=風 シナ=しなやかに流れる
シナトベノミコト(風の女神様)農耕・航海・国家鎮護
オオクニヌシノミコト
龍神信仰
陰陽五行思想
が色濃く残されています。
一楽萬開 境内には「五龍神」が鎮座
手水舎には白龍
参道狛犬
1918年(大正7年)生まれ
いい感じの風化具合◎
向かって右
向かって左 子あり
前野熊野神社の西側
住宅地の中にあります
創建は、不詳。
志村城山の城山熊野神社から分祀
江戸時代には東熊野神社とともに
旧前野村の鎮守
<主祭神>2柱
イザナギノミコト
イザナミノミコト
境内末社
三峯神社
榛名神社
猿田彦神社
狛犬は1対
1850年(嘉永3年)
全体的に柔らかな表情と彫
巻き毛も素晴らしい
猫背がいいね~
向かって右
向かって左 この背中がたまらない
この、ちょっと低姿勢なタイプ
は好きです
前野熊野神社の東側です
創建は、中世末期頃(室町時代頃)
伝えられる。
紀伊国の熊野那智大社から勧請。
<主祭神>2柱 創造の神
イザナギノミコト
イザナミノミコト
縁結び・安産・厄除け・家内安全
拝殿脇に狛犬1対
1849年生まれ
プードルのようでかわいい風貌
尾立ち
顔の各パーツは繊細に描く
身体しっかりプードル型
向かって右
向かって左
通称:くまくま神社🐻🐻
かわいいですね💗
創建は、1394年~1428年
室町時代に庭田氏兼が熊野権現を勧請
<主祭神>3柱
イザナミノミコト(生命の祖神・五穀豊穣・家内安全)
ハヤタマノオノミコト(誓約成就・縁切り)
コトサカノオノミコト(事態収拾・離縁)
狛犬は2対
まずは鳥居近くの狛犬
年齢不詳も彫は新しい
各パーツをくっきり表現
向かって右
顔を大きめに表現しているため
マリがより小さく見える
向かって左 小さい子あり
拝殿前の狛犬
こちらも年齢不詳
風格が少し出ている
なめらかな皮膚表現
向かって右
向かって左
創建は、平安時代初期の807年(大同2年)
「三芳野天神縁起」に記載。
室町時代に太田道真・道灌父子が
川越城を築いた際
三芳野神社を城の鎮守とした。
江戸時代1624年に酒井忠勝が社殿再建
翌年に天海僧正が導師として遷宮式を行った。
童謡「通りゃんせ」の舞台
この神社の参道が由来だそう。
<主祭神>2柱
スサノオノミコト
クシイナダヒメノミコト(スサノオの妻)
※狛犬は不在です
「猿楽塚」と呼ばれる古墳の上に鎮座
大正時代に創建
創建のきっかけは
朝倉家(旧家)が敷地内の猿楽塚を
庭園整備のため壊したところ
当主や棟梁が原因不明の病にかかった。
ところが、塚の上に社を建てて
猿楽様として祀ったところ
病が回復した。
「猿楽塚」は別名「去我苦塚」(さがくづか)
とも呼ばれていて”我が苦を去る”意もある
地名の「猿楽町」の由来ともなっている。
古墳自体は
古墳時代末期(6~7世紀)のもので
もともとこの地には
二基の古墳が並んでいて
その間に鎌倉街道が通っていた。
※6世紀頃~の天皇
継体天皇 26代
安閑天皇 27代
宣化天皇 28代
欽明天皇 29代
敏達天皇 30代
用明天皇 31代
崇峻天皇 32代
推古天皇 33代
<主祭神>
アマテラスオオミカミ
スサノオノミコト
サルガクダイミョウジン(土地の守護・芸能・導きの神・古墳の霊魂の鎮静)
スイジン
カサモリイナリ
塚へと上がると社がある
狛犬はいませんが
フクロウがいます
※このフクロウさん、なんと反応します!
時が止まったかのような空間
古墳時代へタイムスリップ