
登録有形文化財 「 旧天王貯水池 」 です。
ここ、普段は入れません・・・・・・。
けど、明治39年度 議会にて 「 40年、41年 の 二ヵ年計画 」 として
予算60万円にて 可決。
竣工 明治43年 と聞くと、 「 見たいっ 」 になるじゃありませんか・・・・・・。
年に1回ないし、2回 だけ、公開されます。
大体、いつもは仕事です。
でも、今年は、ちょうど時間が空いて 「 みれましたっ ( 喜 ) 」

入り口は、こんな感じです。
「 煉瓦 」 が 明治を感じさせます。

貯水槽は、こんな感じ。
驚くのは、「 小さい 」 のと、
( 旧堺市街 60.000 人対象 通常 1人 83L( 最大167L ) /日 想定 )
今でも、 「 全然現役でいけそうな感 」 ですねえ。
実は、 昭和39年 ( パンフレットでは・・・、 自分の調べた資料では37年 ) を最後に
取水、給水 ともに閉じられたので、たまっている水は、実は上からの
「 雨水の漏水 」 だそうです。
で、近年の雨水 「 酸性雨 」 なので、屋根などが、白く傷んでいるのが解ると思いますが、
雨がかからないところは、

この通り。
もう200年くらいはいけそうです。 さすが 「 明治の職人 」 すげーなあ。
当時、ここ 堺近辺 では、建築材料の 「 煉瓦 」 国産化され、
「 丹治煉瓦製造所 」 、「 大阪窯業 」、等々、工場が9箇所あったそうです。
仕様は、以下の通り。
給水人口 60.000人 ( 計画時 )
総工費 予算 600.000 円 ( 実際 686.081 円 )
明治35年の堺の市費 187.730 円 だったそうです。 大事業ですね。
竣工 明治43年 4月1日 より 給水開始 ( 国内で12番目 )
給水能力 通常 一人3尺立方 ( 約83L ) 最大 6尺立方 ( 約167L )
貯水能力 360.000 尺立方 ( 10.017.540 L 小さいなあ・・・・・ )
取水ポンプ スチーム 2基 ( 1基 は 予備 ) 詳細 不明
送水ポンプ スチーム 2基 ( 1基 は 予備 ) 35ps / 基
( 竣工時、 その後 電動ポンプ 65ps に換装 )
後、上流にできた灌漑用のポンプの為、 ( 現在と同じく大和川よりの取水です )
十分な取水が難しくなり、補助の為、大正4年に、井戸を掘りますが、
ここよりの水が、大量のアンモニアを含んでいたため、
許可が下りず、キャンデー社 ( オランダだったと思いますが・・・・ ) の、
浄水機により、除去しますが、完全に取りきれず、
「 そもそも、アンモニアは人体に本当に悪いのか? 」
を検証するために、 「 猿 に ここの井戸水だけを与え、 2年間 飼育する 」
ということをやってます。
結果、「 猿の体調に全く変化は見られず、さらに 牝猿 は 元気な子供を産んだ 」
という結果になり、 飲用水として使用許可がでたそうです。
ただ、不思議なのは、この後 大正9年の水質検査では、
アンモニア 「 検出されず 」 になっていました。
この間の5年で、除去技術が、飛躍的に向上したのか、
この後の検査でも、全て 「 検出されず 」 でした。
明治 ( あ、大正か? ) の 「 技術革新の素晴らしさ 」 かなあ・・・・・ ?