金森です
先日の豪雨では西日本をはじめ各地に甚大な被害が発生しました。
土砂崩れや河川の氾濫で本当に多くの方が犠牲になり、そしてまだ行方不明の方も大勢みえます。
大切なご家族を失われた悲しみ、苦しみはもちろんのこと、そんな中での避難生活、この暑さの中での体調管理。
ライフラインの復旧もままならない状況、
家や車など大切な財産を失われた方々のご不便や不安、そのご苦労はいかばかりかと報道の映像を目にする度に思わずにはいられません。
岐阜県にも特別警報が長く出され続け、郡上や下呂、そしてお隣の関で大きな災害が発生してしまいました。
お一人の方が犠牲になられたとのことは知っていましたが、新聞でボランティアを募集していると、
県知事さんが国に災害の支援を要請したと聞きはじめてその被害の大きさを知りました。
連休にもなりまたので、さっそくボランティアに行ってきました。
と言っても、経験があるわけでもないですし現地に行って何ができるのか自信もなく不安も正直ありました。
それでも一歩をふみださなければ、何もはじまらないし、何も変わりません。
微力でも何かの役にはたてると思い完全防備と現地のご迷惑とならないように必要グッズを全て用意をし、
センターの受け付けまで足を運びました。
連休ということもあり大勢のボランティアの方が集まっていました。
社会福祉の方や市や県の職員の方々が手際よく整理や指示をだされ、私たちはグループに別れ活動をスタートしました。
向かう先はセンターからさらに一時間ほど奥の上之保地区、道中の車の窓から見る風景は汚れた川、
川の水がひいた後の茶色い道路、そして床上浸水があったと一目でわかるほどの、いたんだ多くの家屋でした。
過疎地で高齢者の方が多く住んでみえる地域で、あきらかに人手は足りていない様子でした。
現地につくと要請のあったお宅にグループごとに分かれ、さっそく作業を開始です。
階段の真ん中あたりまで水がついたらしく一階のものは全て泥だらけ、畳はもう運び出されていましたので泥のかき出しからでした。
ぬかるんで重くそれをスコップで土のう袋にいれては運び出す、というものです。
スコップで男性がかきだした泥を土のう袋の口をあけ一杯になったらトラックにいれまた袋に、
何十袋だしたのかわからないですが、この37度を超えるような猛暑のなかでは、その重さは倍にも感じられました。
がそんなことはいってられません!
泥の中からは写真や普段使っていたお茶碗や湯呑み、着ていた洋服などが泥だらけでたくさんでてきます。
そこに日常がちゃんとあったのだと、無惨になったガレキの山を見ると改めて穏やかな自然もひとたび、
きばをむくと、一瞬で人々の生活を奪い一変させてしまうのだと思い知らされました。
被災された方の感情を逆撫でするような言動行動には十分気を使いながら、また私たちが熱中症になってしまうなど、
かえって迷惑をかけることになってしまうので十分注意して、休憩と水分をこまめにとりながら時間までお手伝いをさせていただきました。
一緒のグループになった三人の若者は大学生と社会人一年生、とおく関東から朝始発にのり新幹線とレンタカーで関まで来ていました。
広島や岡山はもちろん甚大な被害がでており、大変な状況だとはわかっていたけど岐阜の報道はあまりされてないから
きっと人手も足りてないだろうと想定し岐阜県に参加したそうです。
連休で普通なら遊びに行きたい年代、それをあえてお金と時間をかけて少しでも役にたちたいと考えたとか。
スコップ持つ手も最初はぎこちなかったですが、それもすぐに慣れ一言もえらいと言わず最後まで頑張っていました。
額も服も汗と泥だらけ、おまけに熱中症にならないよう私たちにもまわりにも水分とりましょう!
といつも声かけをし、十分な配慮をおこなっていました。
仲間の一人が受け付け後グループのリーダーに指名されましたが、道具や人の管理、作業の段取りに至るまで十分そのリーダーシップも発揮されていました。
本当に立派でとても感心しました。
私もそのがんばり、さわやかさに、必死さに、優しさに感化され、本当に暑い中ではありましたが、すごくがんばれました。
同じ気持ちを持つもの同士が、同じ方向をむいて、少しづつの力を合わせれば大きな力になるんだなあと身をもって体験しました。
土岐から来た保母さん、東日本にも足を運ばれたそうです。
千葉から岐阜市に引っ越して来たばかりのOLさん、以前千葉で川の氾濫による災害のときは隣り町にいても何もやらなかった、
その後悔が背中を押して何ができるか不安もあったけど参加したとのこと。
また中国の方が募金やボランティアに参加してるのをみて、日本人としてやらないと!と行動した方もみえました。
私をはじめ決してプロでも経験者でもありませんでしたが、寄り添う気持ちと、二本の手と足だけはあります。
微力でも少しの泥は運び出せました。
何本かの床板や柱はきれいに雑巾がかけれました。
おうちの方に帰るときお礼を言われると胸があつくなりました。
まだまだ時間がかかる大変な道のり、一日でも早く日常の生活がとりもどせれるよう心から願わずにはいられません。
震災時福島での仮設住宅生活が、困難な人々に尽くそうと思いを定める契機となり県庁の行政マンになった学生がいたそうです。
ボランティアの目的はただそばにいることと。
語ることより被災された方にそっとよりそうこと、こぼれ落ちる苦しい一言に静かにうなずくことと。
現場で経験された重みのある言葉です。
最前線で活動してみえる職員の方々、参加されるボランティアのみなさん、
頑張りすぎず自分のことも大切にしながら息の長い支援が継続ができますよう自然体でいきたいものですね。
あたたかい気持ちの集まった活動は厳しい猛暑の中ではありましたがいろんな人たちに出会え、
感謝のできるとても充実した、心の中に爽やかな風がふきぬけたような二日間を過ごすことができました。