昨日の「英雄たちの選択」覚書のつづき。

 

九戸の乱は結局、秀吉の圧倒的武力によって敗れ去るのだけど、

千田嘉博が、こんな指摘をした。

 

「攻めていくのが勝ったことではない、と思うんですよね。

東北的な生き方が現代でもずっと続いているように、

たしかに戦いには負けたかもしれないけれども、

東北の人たちが本当に守りたいと思ったことは、

やっぱり守り抜いた、といえるんじゃないかな」

 

これに対し、中野信子が、

「彼らは本来的に、戦いに向いてないというか、

戦いがそんなに好きじゃない人たちじゃないんでしょうね」

と。

 

前の記事で、秀吉側を「世間」に、

九戸側を「痩せ姫」のそれぞれたとえてみたが、

前者が少数派を支配し従わせようとしがちなのに比べ、

後者はそこまで思わず、自らの生き方を守れさえすればいい、

と願ってるだけ、という傾向が強い。

 

痩せ姫が痩せ姫として生きるには、

たとえ世間に理解されず、支配されかけたとしても、

生き方だったり居場所だったりという、

譲れない核の部分だけは守り抜く、という姿勢が、

大事なんだろうな、と感じた。