(※ ネットなどで見つけた痩せ姫にまつわるつぶやきを、
詠み人知らず的に紹介するシリーズです。
誰かひとりの言葉ではなく、不特定多数の発言なので、
どうか誤解されませんように)

 

 

ダイエットしてるって前に言ってた友達に久々会ったけど、

骸骨みたいになっててびっくりした。
もともと細くてめっちゃ可愛い子。
手、触ったら冷たかった。

地下鉄に美人やけど明らかに異常に細い人がいる。
靴に棒が刺さってるみたいな細さの足…
大丈夫かな

細すぎてもう拒食症なんじゃねえのって人が

「痩せなきゃ」って打ってるのが見えちゃった、

見る気は無かったんですごめんなさい、

でもそんな自分を追い込まないで
 
職場の友人(女の子)が、びっくりするくらい細いです。 
お昼も殆ど食べません。 
元気だし明るいし、別に問題無いかなと思ってたんですが、 
別の友人から「あの子拒食症じゃないのか」と言われ、 
その症状と思しきものがその子に見て取れるんです。 
顔は美人なんですが、体のわりに丸く、 
あと頻繁にトイレに行きます。

先ほど、凄く凄く凄く細いお姉さんを見た。

太もも(細もも?)何センチ位だろう。掴めそうだったよ。
でもミニスカートに素足だった…寒くないのかな。

塾の友達で、ほっそいのに痩せたいって言ってる女の子いて、

その子の手に吐きダコっぽい傷があって、

顔も腫れてる感いつもあるから

拒食症か過食症なのかなって思った。

友達が冬休みに30キロ台まで体重落としたとかいってたけど、

やばいよね、身長160超えてる子がだよ!?
それなのにもっと減らさなってゆってて、

食えって言ったけどそんなん無理とか言われた

すごく細い方を見たんです。

私の友達は「あの人細すぎて気持ち悪い。

なんでああなるまで放っておいたんだろうね」と言っていて... 

あぁそうか、普通の人はそう思うんだなって悲しくなりました。

私がその人にもし何か言うとしたら、

「ここまで痩せるのは大変でしたよね。

沢山我慢して、沢山乗り越えたんですよね」

多分こんな感じだと思います 

食べないことや吐くことがどれだけ辛いかよく知っています。

そうやって手に入れた、もしくは維持している身体を見て、

気持ち悪いという感情は生まれません。

それまで過ごしてきた日々を想像できるから、

「よく頑張った」としか思えません。

 

 

ここ数日、食べてさよならしてを繰り返す日々でした。
さよならしたものも、

カロリー計算には含めることにするルールがあるから、

一日の摂取カロリーがえげつないことになってます。

 

きっかけは、雑誌に載っていたCoccoさんのインタビュー記事。
引退ではないようですが、でもたぶん、

大きなLiveはやらないんだろうな、

表舞台からちょっとずつ姿を消していくんだろうな

と思わされました。
まるでCoccoという歌い手の遺書のようでした。
 

たぶん、彼女は私の手が届かないような遠く遠くまで進んでて、

素直に受け入れられない。

「頑張って」って、手をきちんとふれない。
読んでからしばらく回復できそうにないです。
せめて、彼女にどうか幸あれ。

 

それにしても、ほんの数日前には、

吐き残しで生きていた頃を懐かしく思い出したりしていたのにね。

こんな会話を耳にしたのです。

 

「酔って吐いたら苦くってさ」
「えー、胃液じゃないの?」
「胆液だったんだよー」
「うわっ」

 

あの、徹底的に吐いたときに出てくる苦いものは

胆液なのだそうで。

普通は味わう機会のないものらしい。


でも、あの頃の私にとっては、もはや安心できる基準だった。
吐き残しで生きるのは、是非もあるけども、

あの頃は比較的早いペースで痩せられた気がする。

完璧を目指したこと、一連の行為で

たぶん疲れ果てるくらいには体力を使ってたから。
 

だから、何も食べてないのに体重が変わんないと、

もう発狂しそうになる。

なんで減らないんだろう、なんでなんでって。
 

そして、これは今、

吐くのが怖くて食べられない私の僻みなのかもしれない、

なんてことを思いました。
いつだって、隣りの芝は青いから。

たぶん、また吐けるようになったら、

こっちのほうが苦しいってジタバタするんだろうな、って。

 

ごめんなさい。

こんなことを言ったら、不快に思われる方もいますよね。

 

その数日後、予想は的中。
こっちのほうが、食べてさよならするほうが苦しいって、

ジタバタしてます。
だって、体重は変わらないのに、

胃にものを入れてその一部を吸収してしまったせいで、

どんどんお腹にぽっこりが出ていくことが苦しい。

食べたものにさよならするために、

体力も時間も、ゴリゴリ削られることが苦しい。
 

やっぱり食べないことがいちばん楽だなぁ、ってしみじみしました。

 

一度、下剤を入れて全部リセットして、気分を一新して。

ぺったんこなお腹で、明日から気合入れて頑張らなきゃなって。
 

汚いもの、余分なものにはバイバイして、

自分をできる限り綺麗な状態にしておきたいの。
神聖な儀式でも行うかのように。

 

 

長濱ねるも平手友梨奈も、卒業後モードに変換、

という感じで、うれしいです。

今のアイドルグループは、とにかく踊りすぎなので、

在籍中はなかなか女の子らしいきゃしゃな雰囲気を、

かもし出してくれないんですよね。

 

ハンバーガーとカツ丼は、なくてもいい食べ物というか、

まさに「強い食欲」の象徴です。

一方、もやしとかキャベツを白米がわりにするような人、

素敵だなと感じます。

女性に限らず、人間が武器を使わずに手に入れられる、

そんな食材こそが生き物としては分相応なのではと。

「澪つくし」の世界はうるわしくて、

僕にとっては現実逃避できる時間でもあります。

森さんもその家族も、うるさい人たちに合わせて、

コメントしたりしてるのが、本当に気の毒で、

なんとかならないものかと考える今日この頃です。

 

(※ ネットなどで見つけた痩せ姫にまつわるつぶやきを、
詠み人知らず的に紹介するシリーズです。
誰かひとりの言葉ではなく、不特定多数の発言なので、
どうか誤解されませんように)



昔のアルバムみた。
50キロ台→ふつう
40キロ台→ちょっとほっそり
30キロ台→お前はモデルか。
20キロ台→やばい。こんなんでよく歩いてたなって感じ。

今の目標は20キロ台だけど、

そこが終わりだなんて思ってない。

体力とか筋力とか胸とかいらない。

生理なんてもってのほか。

私の「綺麗」は痩せることだから。

私も一時期そうでしたが

「20」という数字と「30」という数字には

スッゴク差があると思うんです。
普通じゃない感覚が「20」にはあるような

特別で死守しなければならない数字だと思います。


体重が落ちていく。
20キロ台になって落ちるスピードが上がったのは、

20キロ台になってから体重に対して

今まで以上に厳しくなったからだね。

 

体重20キロ台になりたい
とことん自分を壊したい

拒食症 辛いけどがんばる
自分との約束
カロリー計算する

200kcal以内にする
野菜中心の生活

20キロ台でいること

食べるとこ見られるのが嫌すぎて給食食べられなくて

小学校はずっと体重20kg台で過ごした

やっぱり20㎏台はしんどいんですね…
親切に止めて下さるので30,0㎏で止めときます。

 

154cm36kg。
この脚は一般的に見てどうなんだろうか。
まだ細い部類に入るんだろうか。
20kg台に見慣れていて普通がわからない。


40キロ台に憧れて、
達成したから
30キロ台に憧れて、
それも達成したから
今は20キロ台に憧れてる。

 

 

たしかに、シェリーさんの体重も、

小4くらいの平均ですもんね。

実際、世間的には充分、衝撃的な数字だと思います。

 

細い小学生がごぼうと呼ばれたりする(?)のは、

けっこう「あるある」かも・・・

ただ、インスタなどで拝見する印象では、

今のシェリーさんは大人っぽい細さのように感じます。

なんていうか、オシャレですし、若々しさも保ちつつ、

素敵な歳の重ね方をしてるようにお見受けするんですよ。

 

 


 

フィギュアスケートの話題。

 

平昌五輪シングル女王のザギトワについて、

メダリストでもあるロシアのコーチによる発言が、

興味深いものだった。

 

「ザギトワとメドベージェワは

競争力のあるレベルまで戻ってこれるか?」

という質問に対し、

「みんなに憎まれることは分かっているが、

それは不可能だと思う。
18~19歳で(トップに)留まることはとても困難だ」

と語り、その理由にこういうものを挙げた。

 

「(20歳に達すると)女性的なプロセスによって

尻と胸が大きくなり、俊敏性が失われる」

 

女性的なプロセスがマイナスになる、というわけで、

そのあたりがフィギュア、特に女子シングルだなと。

 

十代、それも、

いまやその半ばがピークといってもいい世界、

そこに哀しさも美しさもある。

 

 

 

高校時代だと、私は急激に痩せた人間だったけど、

今じゃもともと痩せてる人ってイメージが浸透してる。
 

それが、すごく嬉しい。

私は生まれながらの痩せ体質ではないし、

所詮はまがい物だけど、

あたかも人生ずっと低体重でいる人間のように思えて嬉しい。
本当は、生まれつきの痩せ姫だったらどんなに幸せか

って思うけど、それは無理だったもの。

だからこそ、痩せていく過程で得られる達成感も

喜びも得られるわけだけれども。

どうしても、人は「自然」を尊び、まがい物をバカにしてるから。

 

最初っから痩せ姫のごとき体重だったら、

せめて今くらいの体重だったら、

もっと食べなければ体重を増やさなければ云々……

って責められなかったんじゃないかなって。
 

どうしようもないタラレバだけど、

現実逃避もしたくなっちゃう今日この頃。

 

そういえば、摂食障害の文化的背景について

書いた文章を読んでいるんだけど、面白いなぁ。
 

本来は「女の子→お母さん」になることを強制されていたこと。

そこに、現実逃避の意も込めて、fantasyのような微睡みのような、

少女という地位を生み出したこと。
 

少女なんて本当に、

ひとときのしゃぼん玉のような儚い存在なのよね、

と深く頷いてしまった。
それが、現実逃避だと言うのも、わからなくはないかな。

幼女のままではいたくないし、女性にもなりたくない。

どちらにも属さずにいられる唯一の立場。
 

そんなものを読みながら、

私がこれまで好きになって憧れた人って、

どこか少女らしさが残っている人だなってふと思いました。

少女めいたお茶目さや可愛らしさをそこはかとなく持つ人。
 

私もそうなりたい。

 

それとね、知り合いに、
「そんな姿、みすぼらしい」
って、真正面から言われて、悲しくなって。

服装にも化粧にも気をつかってはいるつもりなんだけどね。
 

でも「みすぼらしい」って、外見が貧弱で弱々しいことって、

そういう意味でしょ。

貧弱か、弱々しいのかって、にまにまする自分もいました。
ネガティブな言葉なのにね。

痩せること、それを他者から指摘されること、

嬉しい時も悲しい時ももろもろあるけど、

きつい言葉もプラスに感じ取れるようになれば、

痩せになおさら精進できるのかしら、なんてね。

 

私は、本来こうあるべき姿、って感じで痩せ姫を目指してる。
人類が熱中してきた身体加工の歴史と絡めて考えると、

また面白いだろなぁ。
 

少なくとも、標準体型よりも痩せている今の自分の体型は、

私のアイデンティティと言っても構わない気がします。

痩せてるとは口が裂けても言えないけど、

でも浮き出る骨は自分の中で唯一好きな部位で、

その存在のおかげで、自分を認められてるよ、私。

 

じつはあと少しで、就職に必要な勉強への参加も認められそうで、

認められたらこの体型でも職に携われるってわくわくしてます。
もろもろ条件付きの、になりそうだけど。

今日も今日とて面接もどき。行ってきます。
前回は「よくテストでこの点数取れてるな……」って

呆れられたのですが、それは私の意地であり誇りであるから。

点数を言い訳にされたくない。
 

痩せを邪魔されないためなら何だってします。

 

ささいなことならば譲れるんだけど、

痩せたい気持ちは自分の根幹に関わるものだから、

そこだけは決して譲れないの。
 

私を守るための、私が私でいられる砦のようなものだから。

 

 

>新体操ようこさん

 

脂肪がなくて、あちこちぶつけるから、

痣はやっぱり、名誉の勲章ですね。

白鳥の水掻きが外からは見えないように、

美しくあるためには、知られざる精進があるんだなと。

強さだけを競うのではないところが、

深いスポーツだと感じます。

 

 

>さくらさん

 

3人ともチェックしてみましたよ。

痩せたことをなんとなく知ってた人と、初耳の人と。

参考になるので、こうした情報、ありがたいです。

 

 

 

お久しぶりです。

こちらこそ、紹介した甲斐がありました。

ありがとうございます。

 

被写体の身体もそうですが、背景にも過剰な色彩がなく、

痩せ姫が最も似合う、その存在に最もふさわしいのは、

こういう世界なのかもしれません。

だから「理想」を感じてもらえたのかなと。

でも、ねこ田さんが達成したものも、

理想と呼べるものだと思います。

と同時に、痩せ姫の理想、あるいは夢って、

現実には叶えられないものでもあるから、

叶えたい気持ちがある限り、なんとか生きていけるという、

その感覚にも納得させられます。


最近のねこ田さんは、夢をいったん保留して、

現実との折り合いをつけようとされてる印象です。

何かのきっかけで、その夢をまたかなえたい、

という気持ちに戻るかもしれませんし、逆に、

現実との折り合いがうまくつくようになるかもしれず、

なんにせよ、その葛藤は僕にとって、

いつも気になる、かけがえのないものでもあるのです。