僕にとって、言葉は、魂を持つ。
それがこぼれおちるとき、言葉は、僕を使って、他人に何かを
伝えさせようとしている。
意思を持った言葉に、僕が使われているようです。
ブログは、文字の世界。
文字は、その意思を持つ言葉のある一面にしかすぎません。
だから、間違えるし、思った通り表現出来ない時もあります。
僕が言葉の意思に従っているから、言葉は、僕に、恩返しをしてくれるのです。
携帯のメールは、人の意思とは関係なく、何でも書ける。
だから、僕は、携帯のメールを、言葉ではなく、単なる情報という認識で扱います。
誤解ないように、あえて書きますが、もちろん、心や魂が伝わる場合もあります。
何を書きたかったのか、分からなくなりました。
逆に言うと、特に携帯のメールは、その人の意思とは関係のない意思を
伝えることができます。
だから、携帯のメールは、時として、僕を混乱させたりします。
「いったいこの人の心は、本心は、何を伝えようとしているのだろうか」と。
ほんと、何を書きたかったのだろうか。。。
言葉は、心が伝わる。
文字は、心を伝える時もあるし、伝えない時もあるし、
心とは関係のないことも、伝わる。
ブログは、文字の世界です。
だけど、僕は、心を伝えようと、いつも、苦悩している。
単なる情報ではなく、魂を込めようとしているから、
無理があるのかも知れません。
短歌や詩は、それが作られる時に、心や魂が込められる。
だから、文字であっても、伝わるものがあるのではないかと。
やめましょう。なんだか、屁理屈ですね。
難しく考えすぎなのかも知れません。
もっと軽く考えた方が、いいのかもですね。
ま、こんな日もありますよ。ねっ。
いつも応援ありがとうございます。
