タイトル通り、今夜は「居待ちの月」です。


もうずいぶん欠けてきているので、現代人のお月観には


ちょっと不向きかも知れません。


テレビも塾もパソコンもなーんにも無かった時代の日本人の


私たちの祖先の娯楽の一つが、お月観だったのです。


満月には、収穫した作物を供えて、自然の恵みに感謝した。


その翌日には、十六夜の月、をながめて、恋文をしたためたり


短歌を作ったり。


少しずつ月の出る時間が遅くなる。それもまた、楽しむ。


立って待ってたら、月が昇る・・・立待の月


座ってないと疲れるくらい遅くなって昇る・・・居待ちの月


なかなか昇らないので、横になって待った・・・寝待ちの月


その月を眺めては、「マロの観ておるこの月を・・姫も観ておじゃるかのう・・・」


なんて、短歌をしたためて、それを恋文にして送る。


今なら、携帯メールで・・・すぐに結論が出てしまう。


月見も、短歌も何もない。


「ねぇ、なにしてるぅ。ちょっと出て来ない??」


「えーっ?!今は無理。ってか、私のアド誰に聞いたの??」


みたいな・・・


僕のことではありませんよ。



風情・・・日本の自然。失くしてはならない、遺産だと思います。



それにしても、「吉兆」さんまで、やってくれますね。


どこまで続く不祥事。


感謝の気持ち。自然への畏敬の念。これらの欠如でしょうかね。



「吉兆」で買ったお菓子を、今夜の月にお供えして、祈ってみたい。


いきなり、雲が出てきたりして・・・。


「月も嫌がる期限切れ・・・。」


はい、おあとがよろしいようで・・・・・。