「緑寿」(ろくじゅ)という言葉をご存知ですか?

室町時代に定着した長寿祝いは、

「還暦(数え年60歳)」

「古希(数え年70歳)」

「喜寿(数え年77歳)」

「米寿(数え年88歳)」

の4つで、そのうちの喜寿は、語呂合わせから発生した(室町時代末期)日本独自の長寿祝いでした。

 その後も 語呂合わせ(草書体や略字を分解)で生まれた、

「傘寿(さんじゅ 数え年80歳)」

「卒寿(そつじゅ 数え年90歳)」

「白寿(はくじゅ 数え年99歳)」

「百寿(ひゃくじゅ 数え年100歳)」

が、江戸時代までに広まっています。

この様に、「緑寿(数え年66歳)」は長寿祝いの中に含まれていませんでしたが、2002年9月に「日本百貨店協会」が提唱した事がきっかけで、数え年66歳の長寿を祝う「緑寿」という新しい概念が生まれました。

「緑々寿」を略して「緑寿」と呼び、『緑々→ろくろく→66』という語呂合わせで生まれたそうです。

これまで一般的な定年は60歳(還暦)でした。しかし年金制度の改正等により、65歳定年(数え年66歳)へと延長する企業が増え、このタイミングで人生の節目を祝う「緑寿」という言葉が登場したわけです。

そして「緑」の文字には、地球の自然環境に目を向ける意味も込められているそうです。

 

私自身も 4月に緑寿を迎え、高齢世代へと変わる節目の年齢となりました。これまで生かされてきた喜びを形にしたいと思い、静岡市の漆職人さんにお願いして、記念となる『うるしのGLASS』を制作して頂く事になりましたので、ここで紹介させて頂きます。

 

富士山の北麓に大きく広がる「青木ケ原樹海」を こよなく愛する私は、節目となる緑寿の記念に、この神秘的な緑の世界を『うるしのGLASS』に取り込みたいと思い、静岡市の「鳥羽漆芸」さんにお願いしました。

 

静岡市の「鳥羽漆芸」さん(静岡県指定無形文化財)では、大正時代から『金剛石目塗』(こんごういしめぬり)という独創的技法で、今もなお 伝統的漆器づくりが伝承されています。

静岡の漆の歴史と文化はこちら

 

↑【参考写真 2019年8月17日撮影】 写真は 青木ケ原樹海の弓射塚極相林です。

 

※極相林とは..
植物群落を構成する種や個体数が 時間に伴い変化する事を「植生の遷移(せんい)」と言い、裸地から森林が形成される過程です。
富士山北麓の側火山や割れ目火口噴火など、大規模な溶岩流で裸地となったこの場所に、まずは苔植物や地衣類が侵入し、時間と共に遺骸となり土壌を形成し植物が育つ環境を整えます。
(ちなみに溶岩の上に1㎝の土が出来上がるまで100年かかります)

保水力や養分を含んだ薄い土壌が出来ると、ススキなど 一年生の植物が繁茂する様になり、やがて多年生の植物が出現し、植物の根が溶岩の風化を促進し、徐々に樹木が成長出来る土壌が形成されます。
土壌環境が整って来ると、強い光を好む先駆樹種のアカマツやクロマツなどの低木林を形成します。
この様な陽樹が育って来ると林床に太陽光が届かなくなります。陽樹の成木が自ら光を遮ってしまうわけです。
そして、いつしか陰樹の種が侵入し陽樹の成木の下で成長を始めます。暫くすると陽樹の成木に陰樹が混じった混交林が出来ます。
陰樹の高木林が形成される様になると林床に光が届かなくなり、陽樹は減退→消滅し 陰樹を樹種とする高木林が形成されます。陰樹の幼木は少ない光の中で育つ事が出来るので、幼木と成木の入れ替わるだけの林となり、構成する樹種は ほとんど変化しなくなります。

これ以上 植生が変化しない安定した状態を「極相」(きょくそう)といいます。

原生林のほとんどは陰樹林(ブナやミズナラ等)で、長期間に渡って樹林が持続すると、安定した極相林(きょくそうりん)になるわけです。

 ↑【参考写真 2021年6月5日撮影】 写真は 青木ケ原樹海 大室極相林のミズナラ(水楢)です。樹齢300年以上(推定)の巨樹です。

↑【参考写真 2023年10月31日撮影】写真は 紅葉したミズナラの葉っぱです。
↑【参考写真 2023年6月3日撮影】写真は 青木ケ原樹海 大室極相林のブナ(橅)です。こちらは樹齢400年以上(推定)の巨樹です。ブナの森は「豊かな生態系と命を育む母なる森」と言われています。
↑【参考写真 2023年10月31日撮影】写真は 苔むした溶岩の上に舞うブナの葉っぱです。
↑【参考写真 2022年6月21日撮影】青木ケ原樹海の苔むした溶岩塊。

↑上の写真は、前述の通り緑寿の記念として『青木ケ原樹海 極相林陰樹の森をイメージした『うるしのGLASS』です。特注で、静岡市の「鳥羽漆芸」さんに制作して頂いたものです。

 ★正面から見ると、新緑の季節に、雲に浮かぶ群青富士が表現され、グラス底の緑箔をグラスの曲面に映り込ませる事で、富士山の麓に広がる青木ケ原樹海を現しています。

 

★グラスを上から覗くと、グラスの底には、ブナとミズナラの葉っぱが苔の上に浮いているかの様に描かれています。

グラス底の緑箔がグラス内側に反射し、緑色に染まった情景は、青木ケ原樹海 極相林陰樹の森のイメージを表現しています。

 
★グラス外側の 緑の色漆の金剛石目塗は、青木ケ原樹海に広がる苔の世界を表現しています。

 

 

日本の文化である、伝統工芸の制作工程を記録として残したく、漆職人さんの許可を得て、このブログで公開させて頂きました。以下の写真は『緑寿記念 うるしのGLASS』の制作工程となります。


↑横山大観の『夏之不二』を想わせる「群青富士」の絵付けが、群青色の顔料を混ぜた漆で施されます。
グラスの底には、ブナの葉 3枚、ミズナラの葉 3枚の計6枚を特別に絵付けして頂きました。こちらの絵付けも漆で描かれているので「漆風呂」に入れて乾かします。

↑ブナとミズナラの葉の絵付けが乾いたら、葉の部分へ薄緑色の粉をランダムに蒔きます。
これは 青木ケ原樹海の苔むした溶岩の上に、舞い落ちた葉っぱの雰囲気を表現するためです。

↑写真は 光陽箔「新橋」という色の緑箔で、グラスの内側を濃い緑に反射させる事を狙ったものです。


↑グラスの底に光陽箔「新橋」の緑箔を貼ります。
緑箔の厚さは、約0.0003mm~0.0004mmですから、繊細な作業となります。

↑グラスの底は、青木ケ原樹海の苔むした世界と、ブナとミズナラの葉っぱを表現しています。

↑ホワイトゴールド箔(純金50%、純銀50%の12K、厚さ 0.0001mm)を均等に優しく、手作業で貼ります。

 これら全ての箔のシワは 1客1客異なりますから、同じデザインでも「オンリーワン」となります。


↑ホワイトゴールド箔を貼った後に、光陽箔「黄味青竹」という薄い緑の箔を貼ります。

「黄味青竹」の箔を選んだ理由ですが、私は4月生まれですので、新芽のイメージを表現したかった事と、グラス底の青みを含んだ「新橋」が反射により、黄みを含んだ「青竹」と融合する事で鮮やかな緑色を演出したかったからです。

↑光陽箔「黄味青竹」を貼った後、グラスの上から見ると、グラス底に貼った緑箔(光陽箔 新橋)が反射する事で、グラスの内側は緑色に染まり、青木ケ原樹海の雰囲気を醸し出します。
↑グラスに貼った銀箔の上に「生漆」を塗ります。
ガラスへ漆を塗る事が出来ても、乾くと剥がれてしまいます。そこで、昔から甲冑(かっちゅう)に漆が塗られていた様に 漆は金属との相性が良い事をヒントに、ガラスに銀箔(銀箔は金属箔)を貼った上に漆を塗る事で、『うるしのGLASS』が誕生したそうです。
↑生漆を塗り終えたら、砂を蒔きます。この作業が、鳥羽漆芸さんの独創的技法による「金剛石目塗」です。
↑半日ほど、漆風呂で乾かします。
↑写真は上下地(じょうしたじ)の漆で、堅地用です。
↑半日 乾かした後、上下地の漆で砂を止める作業に入ります。

↑上下地の漆が乾いたら、サンドペーパーで砂の凹凸を整えます。程好い凹凸感を出すため、この作業も職人技です。
↑サンドペーパーで凹凸をならした後、再度 上下地の黒漆で中塗りを施し、強固な土台を作ります。
↑中塗りが乾いたら、いよいよ 緑の顔料が含まれた上塗りの色漆を塗ります。

↑緑の色漆を塗り終え、一番湿度の低い「漆風呂」(気温18℃、湿度60%)に入れて乾燥させているところです。
乾燥具合を見ながら、徐々に湿度のある漆風呂に移動しながら、2日程かけて乾かします。
 
鳥羽漆芸さんの工房では、湿度と温度が管理された 木造の「檜の漆風呂」に漆器を入れて乾燥させています。檜はアロマとしても使われていますが、針葉樹の中でも 最も水気・湿気に強い事から、漆風呂に使われているそうです。

漆は塗ってから徐々に色が明るく変化する性質があり、湿度を調整することで色の出方が変わります。
湿度が低いとゆっくり乾き、ゆっくり乾いた方が色が明るく出るわけです。
逆に、湿度が高いと早く乾きますが、色がより濃く変化してしまいます。

↑純金(24K)の粉を蒔き、くっ付ける為、漆の線を引きます。漆は接着の役目にもなります。

↑筆で漆の線を引いた上に、「粉筒」(ふんづづ)という葦(アシ)で作った筒に金粉(24K)を入れ、パラパラと落とすと 写真の様に綺麗な縁取りとなります。

なぜ? 葦(アシ)の筒を使うのか?
それは 樹脂やプラスチックの筒だと静電気が起きてしまい、金粉を落とす事が出来ないそうです。
↑いよいよ最終作業となります。
緑の色漆の表面と純金の装飾ラインが乾いたら、グラス底に「ふ」文字を入れます。黒漆の上に銀粉をくっ付けます。

記念となる特注品なので、特別に「ふじ爺・富士山」の頭文字「ふ」を入れて頂きました。
そして再度、時間をかけて ゆっくりと乾かしていきます。

この様に 『うるしのGLASS』は、手間暇かかる手作業で、とても丁寧に作られています。
私が 心の中で想う青木ケ原樹海のイメージを 見事に形にして下さった漆職人の皆さんに、心より敬意を表したいと思います!
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