2023年7月9日
中尊寺から、次に向かったのは、奥州平泉に儚く散った若き英雄・源義経の終焉の地へ
東北本線の踏切を渡ってすぐそこにありました
高館義経堂(たかだちぎけいどう)
岩手県西磐井郡平泉町平泉字柳御所14
毛越寺の飛び地境内となっています。
冬期は、拝観休止となってますので注意
(毎年11月21日~翌年3月14日)
北上川を見下ろす高館と呼ばれる高台にあります。
源頼朝に追われ、藤原秀衡を頼って平泉に逃れた源義経が、文治5年(1189年)、最期を遂げた居館のあった場所とされています。
義経は、藤原泰衡に襲われ、妻子とともに自害。。。
義経の首は鎌倉へ送られ、遺体だけがこの地に埋められる。
小さな祠が建てられた。
本尊として祀られているのが、木造の源義経像。
若き英雄の凛々しい武者姿が拝めます
宝篋印塔
奥州藤原文化を築き上げた藤原秀衡。
運命に翻弄され、平泉で31歳という短い人生を終えた源義経。
源義経を信じ戦い抜いた武蔵坊弁慶。
800年の御遠忌に建てられた供養塔です
「夏草や兵どもが夢の跡」
松尾芭蕉がこの地(奥州平泉の高館)を訪れた時に詠んだ句です。
北上川の向こうに束稲山が見えます。
束稲山は、かつて安倍頼時の時代に、桜の木を1万本植えたと言われる桜の名所でした。
ほんまに、兵共が夢の跡でした
御朱印
「義経堂」(書置き)