多賀神社という名前より

三十三霊場二番札所
「清水観音」の方が通りが良いようです

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写真の赤い高楼の上が観音堂です

観音堂は江戸時代
四代目津軽信政の頃に今の舞台式の堂となったそうです
京都の清水寺の高楼を模したもののようです

残念ながら千手観音は
明治時代
廃仏毀釈により
弘前市茂森の陽光院に移されました

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現在は
多賀神社の額が飾られております

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子年生まれの一代様(守り神)として有名

神社参道入り口
お地蔵さまの堂の隣には
清水観音の名前からも分かるように
名水といわれる
湧水があります