ちょっと今回はやらかく炊き上がってしまったんですが、あんことあんこ入りのきな粉と2つ作りました。



母親と親子共々おはぎには目が無いので、母親は食べてええか?と。
食べ食べ!何やったら俺が作った生姜茶と一緒に持って行きや~! と。
母親は毎日姉の家で駄菓子屋さんをやっているので、看板娘ならぬ看板ばぁちゃん。
僕が生まれる前には、お好み焼き屋たこ焼き屋、駄菓子屋とやっていたので、慣れたもん。
昔、ホットプレートが売り始めた頃、兄弟が多いので家で一枚一枚焼くのが面倒くさいんで皆でつついて食べる様にとホットプレート一面に焼いた際も、昔の手習いで軽くお好み焼きをひっくり返した位。
まぁ40キロしかない小さな体格でよう7人も産んだと未だに頭が上がりません。ほんま偉大な人です。
母親ももうすぐ80歳。
故郷の姫路白浜では、お嬢様育ちだったのに、半世紀以上大阪の下町で過ごせば、ええ大阪のおばちゃん。
ほんま百まで頑張って欲しいと思います。