side柳生


柳くんが勝利を確信し、キスをする寸前に私は片腕を振り下ろす。
しかし、その腕が獲物を捉えることは叶いませんでした。

「紳士も時には鬼になるのだな」

振り下ろした腕を掴みながら、柳くんは冷静に対処します。

「状況が状況ですから…」

「簡単にはいかないということか」

私たちの間には互いの腕があるため、簡単にはキスが出来ないはずです。
これで、10分凌げば私の勝ち。しかし、彼の力に圧されそうになっています。

ここまでかと諦めかけたとき、空気がズシッと重くなり、気温が5℃ほど冷えた気がしました。
その理由は嫌という程わかりました。

柳くんの後ろで元凶が、笑みを浮かべながら立っています。

「やぁ、お楽しみのところ悪いね」

柳くんはゆっくり私から離れ、近づいてくる人と対峙します。
私も立ち上がり、その人を捉えます。

「酷いな柳生。ずっと保健室で待ってたのに」

幸村くんは笑っていますが、彼が出す空気は重たいです。

「そうでしたか…」

保健室に行かなくて良かったと、心の底から思いました。口にすることはありませんが。
しかし、私はこの2人から無事に逃げれるのでしょうか。
そればかりが心配です。
side柳生


目の前にいるのは柳くん。いつもと同じように、閉じられた瞳。
とても、人を後ろから襲ったとは思わせない静けさ。
気絶している真田くんを、私から奪いとり床に寝かせます。

「さて、比呂士…行こうか」

「え?」

「2人きりになれる場所へ」

私の体をサッと抱えて、生徒会室を出ていきます。お姫様抱っこなんて、してもらう日がこようとは夢にも思いませんでした。
この道のりだと、図書館に行くんでしょうか。
暴れて降りたいのは山々ですが、柳くんは走っているので、私が暴れると危ない。
仕方なく大人しくしておきます。


図書館に入っても、降ろされることはなく奥に進んでいきます。
私が暴れないようにするためか、あえて本棚の側を歩きます。
奥までたどり着くと、私は本棚と柳くんに挟まれてしまいました。
左右は柳くんの腕により、封じられています。

「後10分でこのゲームも終わる」

「…そんなに経っていたんですね」

「そして、10分以内に比呂士は俺のところに堕ちる」

閉じられていた瞼がゆっくりと開く。射抜くような瞳。
綺麗な瞳ですが、今は冷酷さしか感じれません。
真田くんのときとは違って、わざと焦らしてくる柳くん。
残り時間をチラつかせながら、最後の一手を出さない。
絶望と希望の狭間に漂っている私を見て、楽しんでいるんでしょう。

細い指でゆっくりと私の輪郭をなぞり、微かな笑みを浮かべ、勝利を確信する。


side柳生


どんなときも冷静さは必要だと、今ほど学んだことはあったでしょうか。
入る前にちゃんと確認をしなければなりませんでした。
悔やんだって時間が戻ることはないですけど。

「…離してください。真田くん…」

入ってきてすぐに目に入ったのは、真田くんの後ろ姿。すぐに逃げようとしましたが、それが叶うことはありませんでした。
振り返ったと同時に、私の腕を掴んで壁まで追い詰めてきました。
それから、何分か私と真田くんはキスをするどころか、目を合わしてすらいません。
それは、ずっと真田くんが顔を伏せているからです。

「…や、柳生…そのだ、な…」

「なんでしょうか…」

なんだか、真田くんに感染したんでしょうか。掴まれている腕から熱が伝わり、ドキドキして顔が赤く染まるのがわかります。

「俺は…俺は…」

恋愛などに不慣れな真田くん。顔は見えませんが、赤くなっているんでしょうね。私のどこがいいのか、わかりませんが。

「俺は…お前が…」

私の頬に触るのすら臆病な人。頬に指先が触れるか、触れなのいか焦れったい。しかし、その焦れったさすら心地いい。
私は彼に恋をしているのでしょうか…。

「弦一郎に感染した確率98%」

「うぐっ…」

突然、真田くんは私の胸に顔から来て、倒れてきました。
その代わりに、目の前に別の人が現れました。