※仏典童話「ささげもの」
ある町に、辺りをおさめている金持ちがおりました。
この男は、お釈迦様のことが嫌いでした。
あるとき、金持ちは、町の者・家来を集めて言いました。
「あいつ(お釈迦様)は、人のほどこし(ささげもの)で暮らしているのに、みなは崇めて大事にしている。
実におもしろくない。
これからは、みな、あいつにほどこしをするのを禁ずる。
話を聞くのもだ。もし破ったら、罰金を取る。よいな。」
家来達も困りましたが、主人の命令には逆らえません。
しばらくして、お釈迦様が町にお話をしに旅してきました。
どの家も、戸をしめて姿を見せませんでした。
お釈迦様が、町を出ようとした、その時、
一人のおじいさんと出会いました。
おじいさんは思いました。
「この方は、なんと良い顔をしているのだろう。」
しばらく、おじいさんとお釈迦様はジッと見つめあいました。
すると、おじいさんはハッとして、家にもどり、食べ物を持ってきました。
とても「粗末な物」でしたが、それをささげるおじいさんの顔は、お釈迦様と同じくらい輝いていました。
お釈迦様はそれを受け取り、口元を少しほころばせました。
お釈迦様がかすかに微笑むときは、何か特別な意味があったのです。
弟子のアーナンダは気になって、たずねてみました。
「何かよいことがあったのですね。」
すると、言いました。
「あの老人は布施(ふせ)(ほどこし)のほんとうの心が分かったのだよ。いつか、必ずさとりの境涯に至って成仏するだろう。」
それをみていた金持ちが言いました。
「みっともないね。
あなたは、もともと一国の王になるはずだった人が、あんな粗末な食べ物で感激して。
おまけに、あれっぽっちのほどこしで、あのじーさんがさとりを開くだなんて、うそもほどほどにしてくれないか。」
アーナンダは、怪訝な顔で金持ちを見ていました。
しかし、それを聞いた、お釈迦様はまゆ一つ動かさずに、金持ちに言いました。
「あなたは今までに、なにかとても珍しいことに出会ったことがありませんか。」
金持ちは、言いました。
「そうだね、このあいだ旅をしたとき、とてつもなく大きな二グローダの木を見たよ。
たった一本の木のかげに、500人くらいはすっぽりと入って、休んでいた。それでも影はだいぶあまっていたっけ。」
お釈迦様は、言いました。
「そうでしたか。あなたは、ニグローダの種を見たことがありますか。」
金持ちは、言いました。
「ああ、見たことあるとも。あれはとても小さい。
けしの種の半分もない。
あんな小さな種から、あんな大きな木が成るなんてビックリだ。」
お釈迦様は言いました。
「ええ。そんな小さな種から、そんな大きな木が育つなんて誰も想像できませんね。
では、あなたのその話は、誰も信じないのではないですか。」
金持ちは言いました。
「何をいうんだ。わしの言っていることは本当だ。
確かにこの目で見たんだ!!」
お釈迦様は言いました。
「わたしの話も本当です。
あの老人の布施は、けしの種ほどのものかもしれませんが、
澄み切ったマコトの心ささげてくれたのです。
小さな種でさえ、そんな大きなニグローダの大木になるのです。
まして、人の心のマコトが種となって、どんな大きな幸福が訪れても不思議ではないでしょう。」
金持ちは、話をきいて深くうなずきました。
お釈迦様は、真実とは何か、人はどう生きるべきかを分かりやすく話されて、隣の町に旅立って行きました。
翌日、金持ちは、禁じていた決まりを解いて、
部下のものと、町の行けるものを連れ立って、お釈迦様の話を聞きにいったのでした。