この世には、真理のことわりである揺るぎない法が存在しています。

それによって、仏は仏となり、神は神となれたのです。法が広まってもいないし、学んでもいないのに自分勝手に神頼みする人も多い。

正しく人を導く存在でない社に通い、幸せになれたものはいない。

神は所従であり、仏は君主なのです。
君主を忘れて所従からまいってる場合でもない。

人を導くことを不退転の気持ちでいる菩薩ですら、この世の全てを見通すことは出来ません。

けれども、仏様は出来ます。

この世の、欲界・色界・無色界の3界は普通の人は3界を3界のものとしか見ることは出来ません。

しかし、仏様は全てを見通すことが出来ます。

そんな仏様が、妙法蓮華経を唱えることによって、どんな人でも、即座に釈尊ほどの功徳を受持することが出来る仰せです。

こればかりは唱えて大丈夫だろうかと、疑う人もいるかも知れませんが、
全ての幸せが、南無妙法蓮華経の宝珠の中に収められております。

唱えて幸せになれるのは、太陽が東から西に流れていくのと同じくらい当たり前のことであり、

諸天善神は常にそばで守ってくれて、
今世も来世も安穏が約束されている、

そんなお題目を唱えないでいるのはもったいないことではないでしょうか。

仏への道の第一歩はまず、信じること。

そして、このお題目とご本尊を疑うところからすべての悩み苦しみが出てくると言います。

一度、日蓮正宗のお寺に足を運んでみませんか。