※座談会御書解説

「転重軽受法門(てんじゅきょうじゅほうもん)」

・通解

「涅槃経」に、「転重軽受」という法門がある。

それによれば、過去世の宿業(しゅくごう)があまりにも重くて、今生(こんじょう)においてその業が尽きないで、死後の未来まで地獄の苦しみを受けなければならないところを、

 

今生において正法弘通(ぐつう)のためにこのような大きな難に遭(あ)えば、未来まで受け続けるべき地獄の苦しみを即座に転じて、

 

もし法難のために死んだとしても、人天・三乗・一仏乗に生ずる利益を受けることができる。

 

不軽菩薩(ふきょうぼさつ)が増上慢(ぞうじょうまん)の者に悪口を言われ、罵詈(めり)され、杖や木で打たれ瓦や石を投げられるというような迫害を受けたのも、理由があってのことである。

 

それは、不軽菩薩が過去世において、「正法誹謗の罪」があるからであろうと説かれている。

 

「法華経常不軽品第二十」に「その罪はえおわって」と説かれているのは、不軽菩薩が正法を弘通したとき種々の迫害を受けたのは、

 

過去世の正法誹謗の在郷のためであり、難を受けることによって過去世の罪業が消滅したことをいっているのである。

 


・語訳

「転重軽受」-重きを転じて軽く受ける、と読む。ご本尊の功徳により、過去世の謗法(ほうぼう)による重罪を転じて、「軽い報い」として受けること。

 

「人天」-十界のうちの人界と天界。

「三乗・一乗」-三乗は、「声聞界・縁覚界・菩薩界」のこと。

一乗は、「仏界」のこと。

 

 

・解説

本抄は、文永八年十月五日、相模の依智(えち)におられた大聖人より、下総国(しもうさのくに)に住む大田左衛門、曽谷入道、金原法橋の三人に与えられたお手紙です。

 

文永八年九月十二日、竜の口で大聖人の斬首を果たせなかった幕府は、その後、佐渡への流罪を決定したのでした。

 

そのため大聖人は、一旦、竜の口から相模の依智の本間六郎左衛門のやかたへ行かれ、そこで佐渡へ出発する十月十日までの二十数日間お過ごしになられています。

 

北海の荒れ狂う中を佐渡まで渡り、厳寒の地で、いつ赦免(しゃめん)になるとも知れない御生活を送らねばならない御身であるにもかかわらず、

 

大聖人はまさしく「御本仏」としての悠々とした御境涯に立たれて、「いよいよたのもし」と仰せになられ、

 

さらには大聖人が流罪の決定を嘆き悲しむ弟子達に対し、励ましのお手紙までお認めになられているのです。

 

 

大聖人は、ここで凡夫が必ず成仏できる最直道(じきどう)をお示しあそばされています。

 

すなわち

「今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦しみがぱっときえて」


とありますが、過去世で犯してきた大謗法(ほうぼう)の報いとして、未来に長く大苦悩を受けなくてはならないところを、

 

現世に正法を修行し、強く世間の謗法(ほうぼう)を責めて正法を弘通するとき、

 

その功徳によって、本来地獄に落ちるべき重業を、悪口罵詈(あっくめり)されるという小苦として受けて、消滅させていけるということです。



現在、私達が折伏を行じていきますと、悪口を言われたり、暴力を振るわれたり、職場を追われたり、といったことの話を聞きますが、

 

これらも過去の罪障が一時に軽く絞り出され、消滅していく姿であり、その後はかえって良くなるのだ、ということを確信すべきであります。