私は変わりなく仕事場での一日
昔の農作業や農村の風景等々
農業に纏わる写真の整理をしていたら
蓮の花の写真がでてきまして
それがとっても綺麗だったので ブログに掲載しちゃいます

場所は町田市の薬師寺公園
たぶん20年位前の写真です


奥に畑が見えて、なんとものどかな風景です
今は整備されて畑はないのでしょうか・・・

この近くにダリア園もあり、そこには前から行ってみたいな・・・と思っていました
ダリア園は、まちだ福祉作業所が運営していて、そこで知的障害者の方達が作業をしながら、ダリア園にきた人と会話をしたりと、ダリア園全体がとっても温かい空気に包まれているそうです。
今「死ぬ瞬間」の著者、エリザベス・キューブラー・ロスの本を読んでいていまして
医者である若きキューブラー・ロスが精神科に進み、当時の精神病院の医療(患者に対しての接し方)に愕然とし、病院の制度を自ら変えていき、患者に対して人間として心を寄せ、接していく様子が書かれています。
それはただたんに感情的なものではなく、スイスで過ごした少女時代、難民救済活動、ナチス強制収容所で出会った人々など、それまでに経験し、心を痛めたことが土台となって、自分の道を切り開いていきます。
後に、私財を投じて死に向かう患者のための施設を建てるのですが、誹謗中傷や施設が放火されるという事態も起こります。
死後の世界などに傾倒していったキューブラー・ロスに対し、それを否定する動きがあったのでしょうか・・・
それは後半に書かれていることなので、これからなのですが、キューブラー・ロスの本を読んでいるとその邁進していく力のすごさを感じます。
キューブラー・ロスは、すべての人に当てはまるわけではないが、死を受け入れるまでに5つの段階を踏むといっています。
否認→怒り→取引→抑うつ→受容
6年程前、キューブラー・ロスの晩年を捉えたドキュメンタリー番組が放送され、そこには死に向かうキューブラー・ロスがいて、怒り、取材班を罵倒し、死を受け入れられない様子が映し出されていました。
人の死に寄り添い、死の専門家であったはずなのに、やっぱり人間なのだな・・・と思いながら私はテレビを見ていたのですが、実はキューブラー・ロスは「死の段階」を自ら進んでその段階を踏んでいったのではないかな・・・と本を読みながらそんなことを考えてしまいました。
遅かれ早かれ、人には平等に死が待っていて、それまで何を選択していくか・・・課題だな
なんてことを思いながらの蓮の写真です

