「生まれ変わってもまた一緒になろう」
「あなたの前世は・・・」
みなさんは生まれ変わりを信じますか?
もし、本当に生まれ変わることができたなら、もしも何回も人生を繰り返すことができたなら、
いつしか病気になることも死ぬことも怖くなくなるかもしれません。
アンチエイジングや延命医療技術が日々発展している今、
生まれ変わりを繰り返すことと同じように、いつまでも生き続けることは幸せなことと思われがちですが、果たしてそうでしょうか。
最近、一冊の絵本を読みました。
「100万回生きたねこ」
佐野洋子 作
参考(Wikipedia)↓↓↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/100%E4%B8%87%E5%9B%9E%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%AD%E3%81%93
とても有名な本ですが、私は今まで読んだことがありませんでした。
この本は題名の通り、何度も生まれ変わりを繰り返すトラネコの話です。
この話の中でトラネコは100万回も生まれ変わりを繰り返します。
しかし、あるときトラネコは1匹の白猫に出会い、家族ができ、自分以外の存在のために生きることを知ります。
そして、白猫とともに死に、ついに二度と生まれ変わることはありませんでした。
最後にはトラネコは完全に生まれ変わることを止め、永遠に死んでしまいます。
それなのに読む者には、単に悲しみだけでなく、どこか
ああ、これでよかったんだな。
という気にさせます。
それは、トラネコが愛することを知ったから。
この本は、愛することの大切さを教えてくれる本。
そう考えることもできます。
ですが、
私にはとても仏教的に感じました。
仏教でも生まれ変わるという考えがあって、これを「輪廻(りんね)」と言います。
地獄 ・ 餓鬼 ・ 畜生 ・ 修羅 ・ 人間 ・ 天
これら六つの世界を車輪のようにぐるぐると巡っていくことから、そう呼ばれます。
「天」とか、当たりくじめいたものも混ざっているので一見、生まれ変わりを容認しているようですが、
実は輪廻は迷いの世界。
そしてそこから抜け出すことが本当の意味での救いであり、これを悟りや解脱(げだつ)と言います。
黄檗宗の教典の中にも「輪廻の苦を脱せん」という一言が出てきます。
輪廻を抜け出すこと、生まれ変わりのループを止めることは仏教において救いとされているのです。
トラネコが生まれ変わりを繰り返し輪廻をさまよっていたとするならば、迷いの元は何だったのでしょうか。
それは、「自分が一番好き」だったということ。
だれにも心を許さなかったこと。
100万回も生きてきたというプライド。
しかしそれも、白猫に出会うことで打ち払われます。
白猫は汚れのない無垢の象徴。
そんな清らかな白猫の前では、どんなごまかしも通用しません。
とうとう最後にはトラネコはしようもなくなって、心から絞り出すように本心が言葉として現れます。
白猫はその言葉を初めて受け止め、トラネコを優しく包み込みました。
トラネコはただそれだけで、どんなに安心したことでしょう。
トラネコの心の声を拾い、受け止めた白猫はまるで
人の心の声を聞き届けるという観音様そのものです。
白猫ですから、さしずめ白衣観音ということになりましょうか。
私たちも気づかないうちに容易にトラネコのような傲慢になりはてる恐れがあります。
お金を、地位を、プライドを、いろんなものを失いたくないがために、人は傲慢になります。
それは返せば、弱い自分を守るための虚勢に過ぎないのかもしれません。
虚勢であるがゆえに、そこにはけして安心などないのです。
生まれ変わらずとも、輪廻の迷いはこの世の人の迷いそのものなのです。
私たち人間は弱い生き物。
しかし、
家族、恋人、友人・・・たった一人でも心を許せる、弱い自分を受け止めてくれる存在に出会えたなら、
たちまち心は救われます。
輪廻の迷いから抜け出すことができるのです。
また、大切にしたい人がいれば、
その人の心の声に耳を傾けてあげましょう。
それだけで、だれでも人の心を救うことができる
白猫や観音様のような存在になれるはずです。
心の安らぎは一人ではけして得られません。
