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本日、坐り納めの坐禅会。講話の題材は「面目」でした。




日常の言葉の中には禅語がもとになっているものがけっこうあるものですが、この「面目」もその一つです。




「面目ない」「面目丸つぶれ」私たちが使うとそれはプライドを意味します。




でも、もともと禅では、一人ひとりに生まれながらに備わっている、何ものにも変えられることのない本分をいいます。




ふと方丈の庭を見れば、蠟梅が咲き、甘い匂いを漂わせている。




坐っていれば呼吸の一つひとつが体のすみずみまで行き渡るのを感じる。




私たちが執着する見栄やプライドに比べれば、ちっぽけで無価値に思えるかもしれないが、そんな何気無い些細なことこそが、私たちの生まれながらに持ちうるかけがえのない確かなもの、「面目」なのでしょう。




本来の面目をつぶしているのは、他ならぬ自分かもしれません。