「ただいまー。」
「お疲れ様でした。」
事務所に帰ってきた私に後輩が言いました。
一見するとよく見る挨拶の光景ですが、
ここで私が後輩に対して言い放ったのはズバリ
「疲れてません。」
の一言でした。
うわぁ、めんどくさい。と思われた方もいるでしょう。
実際、言われた後輩も正直めんどくさそうな表情をこぼしました。
しかし、この「お疲れさまでした」は
相手の好みも聞かずに最初のオーダーで
「とりあえずビール2つね。」
ということだったり
誕生日にほしくもないアイドルの写真集をもらったりすることと同じ。
つまり、心のこもらない空っぽなのです。
おもてなし感ゼロなわけです。
同じ「お疲れさまでした」でも、
定年を迎えた夫に妻が
「あなた、定年まで本当にお疲れさまでした。」
というのとはわけが違うのです。
現に、後輩の彼は1回目の「お疲れさまでした」を朝10時に放ってきました。
そしてその後
1日のうちに何回も、それはもう私が戻るたびに
「お疲れ様です」
を連呼するわけです。
それは違う。。。。と。
そもそも挨拶とは禅語にあります。
「一挨一拶」
「挨」は積極的に近付いていくこと。
「拶」はグサリと一突きする、切り込んでいくということ。
禅問答で見られる禅僧同士の本気のやり取りを表す言葉です。
一対一、このどちらも相手に遠慮など感じていません。
「挨」にも「拶」にも相手への強い思いが込められています。
その点を考えると、
先の「お疲れ様でした。」よりも
私の「疲れてません。」の方がまだ挨拶なのかもしれません。
ではこの時、後輩の彼は何というべきだったのか?
彼も私に聞きました。
『「お疲れさまでした」じゃなかったらなんて言ったらいいんですか?』
もっともな質問です。
「おかえりなさい。」とか
「応対、ありがとうございました。」とか
なんかあるじゃない。
とにかく空っぽはいかんよ、空っぽは。。。
こんな具合に私がこんこんとオヤジの説教のようなことを言っておりますと
事務所の扉が開いて
老師が入ってこられました。
「お疲れ様です。」
あ。言っちゃった。。。(私)
その後、私の言葉に説得力がなくなったのは
言うまでもありません。