白馬入蘆花




「特技」という欄がある。




履歴書とかに。




拙僧はその欄がいまいち好きになれないでいた。




英検は4級だし、資格もパソコンの資格がちょこっと。




昔、ピアノを習っていたことがあって「ピアノ」と書いた時は、合唱コンクールのピアノ伴奏に選ばれ、えらい目にあった。

正直ピアノの腕は中の下、といったところだったのだ。

もう2度とあんな役はやりたくない。




ノリで外国人と英語で会話ができても、はたしてそれが「特技」といえるのか?




絵がうまいけど、そんなのもっとうまい人が他にいる。所詮アマチュアだ。




そんなことを考えていると、中途半端なことは書けないのだ。




自分が人より優れている点って何だろう?




自分だけの「特技」




いまだにその欄を前にすると、何を描こうかと鉛筆を鼻の下に当てたくなるものだ。







冒頭の写真の絵は、拙僧が描かせていただいた。正確にはデザインしたといった方がいいだろうか。




今年の干支にちなんで描いた白馬の図柄を手拭に仕立てたもので、本山萬福寺で毎年作っている「干支手拭」という縁起物だ。




好評かどうかは別として、拙僧は子の年から描かせていただいてかれこれ7年目となった。




私以前は赤松達明という和尚が図柄を描いていた。




達明師が亡くなられ、毎年恒例の手拭の図柄をさて誰が描くのか?ということになった。




その当時、たまたま私が山内の職員の似顔絵を描いて遊んでいるところを見て


「加藤がいい。加藤は絵がうまい。」


と推された。




冗談じゃない。




達明師は俳画に大変長けた方で、本山にも師の作品が襖などに残っているほどだった。


鉛筆でかいた似顔絵とはわけが違う。




しかし結果、皆に圧されてとりあえず描いた絵が、その年の図柄となった。




今見ても、よくこんな絵を採用したものだ。と目をそむけたくなる出来だった。




翌年はもう少しまともな絵を、その次は。。。そして今。




少しはまともになっただろうか。




ありがたいことに毎年、楽しみにしてくださる方もいるらしい。




私のこの干支手拭は「特技」といえるだろうか。




手拭の絵は「白馬蘆花に入る」という禅語を題材に描かせていただいた。




白い馬が蘆花(白い花)の中に入ると全部真っ白で一見見分けがつかない。


けれども、そこには馬も花の一つ一つもちゃんといる。




槇原敬之さんの「世界に日つつだけの花」にも歌われているように、最初から一つ一つの花がそこにあるのだ。





もしかしたら今まで「特」という字に惑わされているところが少なからずあるのかもしれない。




人より優れている、人と違う何か、個性。




ホントは元々そんなものはないのかもしれない。




みんなもともと「特」なのだ。




拙僧のつたない手拭の絵も、これからもみなさんの期待に応えられるよう

ちゃんと花を咲かせていかなければ。