先日、京都の妙心寺に行ってきました。
臨済宗妙心寺派の本山で、広大な境内に36もの塔頭寺院が集合住宅地のように林立しています。
その中の一つ霊雲院にて、則竹秀南老大師の提唱を拝聴してきました。
特に印象に残ったお話を覚書として記しておきたいと思います。
「昔、中国のあるところに肉屋がいた。
そこに男が来て言った。
『おう、おやじ。肉をくれ。一番いいとこをたのむよ。』
すると肉屋の主人は言った。
『うちのはどこをとってもいい肉だ。』
さて、(私たち僧侶を指して)みなさんは普段から檀家さんにお話しをされていることでしょう。
仏教や禅の教えを説いていらっしゃるのでしょうが、この肉屋のように
『わしの法話を聞いたら皆、たちどころに成仏じゃ。』
と言えますかな。」
老大師は笑っておっしゃいましたが、私の胸に突き刺さるようなお言葉でした。
私たちは皆、普段何らかの仕事をしていますが、そのすべてに自信をもって最高の仕事をしたと言えるでしょうか。
日によっては、悪い肉とは言わずとも、適当な肉、そこそこの肉で済ませてしまうことはないでしょうか。
肉屋が肉を売る、坊さんが説法する、会社で仕事する、家事をする、子供が遊ぶ、勉強する。
みな当たり前のことではありますが、
当たり前のことを当たり前にすることの大切さと難しさに、改めて気付かされたのでした。
自分のすることにはいつでも胸を張っていたいものです。
