二十日大根




最近「スローライフ」という言葉をよく耳にします。



ゆっくりとした時間、ゆとりある生活を大切にするという生き方だそうで、なんだかオシャレな響きで憧れを持つ方も少なくないようです。



そんなスローライフな生活の象徴として、趣味で草花や野菜を育てたりする人が増えています。



禅でも園頭(えんず)といって畑仕事を修行のひとつととらえていますが、

これはスローライフなどというオシャレなものではなく、あくまで自分たちの食い扶持として畑仕事に従事するというものです。



私も最近、花や野菜を育てることがあります。



修行ではなく、あくまで趣味なので、恥ずかしながら前者に近くなりますが。



ただ、育ててみると毎日水やりしたりしてけっこう大変です。



そして自然と日々植物の様子を観察するようになります。



すると、意外と葉っぱが毛深いなとか、こっちの株のほうが元気だなとか、

植物も刻々と表情を変えていることに気付きます。



芽が出て、葉っぱや茎が伸びて、花が咲いて、実がなって、そのうち枯れていく。

そんな4コマ漫画のようにしか普段は意識されないですが、実のところ彼らは一日一日、一時いっときで表情を変えているんです。



でも、それらの動きはあまりにゆっくりで、普段の私たちの目には捉えずらいんですね。





そういえば昔、「モモ」という映画を見たことがありました。その中の一場面。



モモという少女が時間泥棒という悪い人たちに追われています。



するとカメが現れ、モモが逃げるのを手助けしてくれます。



カメはモモに「逃がしてあげる。私についてきなさい」と言います。



ところがカメは人ごみの中をただゆっくりゆっくりと進みます。



モモは「急がないと見つかってしまう!」と焦るのですが、カメは相変わらず「いいからゆっくり。」とモモに言い聞かせます。



すると不思議なことに、時間泥棒たちはすぐ近くをバタバタと探しまわっているのに、モモたちに気づきません。



おかげでモモは無事に逃げきることができました。



「彼らは早い時間の流れにいるから、ゆっくりの時間の中に入ってこれないんだ。」



カメはそうモモにいいました。





私たちも時間泥棒たちのように、普段は早い時間の流れの中にいることが多いです。



急がなきゃとイライラしたり、ゆとりをなくしたりしがちです。



対して植物は、ゆっくりとした時間の中にいます。



モモがカメの時間に合わせたように、私たちも野菜や花と同じ時間の中に入ってみると、彼らの動きや表情もまたよく見えてきます。



禅の道場でも園頭を通してこのような気づきの心が養われます。



気づきの心がやしなわれると、普段見慣れた景色の中にも、新鮮な驚きと発見をみることができるかもしれません。



それらは自分の時間の流れの中では決して観ることはできません。



相手の時間の流れに合わせて初めて感じることのできる、一種の思いやりの形でもあるのです。



生活のすべてをスローにする必要はないと思います。



植物を育てるでもいいし、朝の風景を見ながら伸びをするでもいいし、犬の散歩でもいいと思います。



1日のうちのほんの数分、1週間のうちほんの少しだけでも、ゆっくりとした時間の流れに合わせてみる。



人間以外の時間の流れに身を任せてみる。



これが、心のゆとりを生むのではないでしょうか。



道端に咲いている花に気付いた時、鳥の声が聞こえて可愛いなと思った時、



その一瞬が、ゆっくりの時間の入口です。