12月4日のことです。


ということで哲学の道での記事で中抜けしたのですが。

こちらに凸💨


法然院の由緒

鎌倉時代、法然上人(ほうねんしょうにん)が弟子達とともに六時礼讃を勤めたのが起こり。

その後、1207年(建永2年、承元元年)に『承元の法難(じょうげんのほうなん)』が起こります。後鳥羽上皇が法然の弟子4人を死罪とし、法然本人と親鸞を含む7人が流罪となったものです。この事件の背景には法然の教えが当時の仏教界や朝廷にとって脅威となったこと。とくに法然の弟子達が宮中の女官達を感化し出家させた事が上皇の怒りを買ったもの。

これにより法然院の草案は一時は荒廃しますが、江戸時代の1680年(延宝8年)に知恩院第38代門主の万無上人が再興し法然院は浄土宗の重要な拠点になりました。

境内には池泉と砂盛があり善気水が湧き、墓地には谷崎潤一郎や河上肇ら著名人の墓が多い。


※. 京都観光Naviより抜粋編集

 

こちら法然院さんもタイミングが合えば敷き紅葉の見事な景色に巡り会えるのですが、見頃手前ながら綺麗なのは間違いないです。

ってな訳で前回の分岐点のところにある洗心橋から東に向かって進みます。

すると道が突き当たりになり案内板に従って右に折れます。

すると寺号柱があり。

竹林のある登り坂を進みます。

その坂道を進むと石段が見えてきました♪

すると石段の先に紅葉が見えて。

1枚目の写真の場所に辿り着きました✨

山門前の石柱

山門前の石柱には、不許葷辛酒肉入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)と書かれています。

これは酒や匂いの強いものを持ち込まず修行に励みなさいという意味だそうです。

山門

さっそく山門に向かいます。

山門の上の紅葉は、まだ色づき始めで青葉が目立ちます。

山門の向こう側の紅葉が綺麗ですね✨

そして山門を潜ります。

既に向こう側にはガチカメラ勢が2人ほどいました。

山門を潜った傍の紅葉も、まだこれからという感じです。

白砂檀(びゃくさだん)

(↑ピンボケ米")

この盛り砂の上には水の流れを表す模様が描かれていて、その水の流れに季節に合った花や葉などの模様が描かれます。

もちろんこの季節には銀杏が描かれていました。ちなみにこれは1週間のスパンで描き直すそうです。

山門を振り向いてパシャリ✨

境内の奥に向かいながら白砂檀も入れてパシャリ✨

白砂檀は参道の両サイドにあります。

境内で1番色づきが良かったか層塔も一緒にパシャリ✨

手水鉢には。

白色と黄色の菊の花が。

そして水は葉っぱの先端から流れ落ちています✨

ちなみにカメラガチ勢の方々は、この画角を狙っていました。

緑色に苔生した山門の屋根紅葉。そこから伸びる石畳の参道と石橋。

確かに見事な画角ですね✨

そして、この時間くらいから人の数が徐々に増えてきました。

本堂

奥の本堂の方にも紅葉が。

こちらも、あと数日で見事な色づきになりそうな感じですね。

近づいてパシャリ✨

何度も繰り返しますが今回の遠征は全日程が、ほぼ快晴に近い晴れ続いたので、天気に関しては恵まれていましたね👍

踵を返して今来た道を戻ると白い壁の建物が見えますが、こちらが講堂です。

そして先程の本堂とは別の表参道側の玄関。

特別公開で中に入ることができるのが数日前に終わっていました。

近づくと。

衝立があり。

衝立の絵は雅楽がテーマなのかな?

ということで急に人が増えてきたのを是潮時と法然院を後にしまして、前回更新の安楽寺へと向かいました。とさ。


 


ではでは👋