続・四日目。

大樹寺まで来れば岡崎城は目と鼻の先だが…

 

その前に本日の昼食。

腹も満たされたし、それでは行きましょうか。

 

岡崎城駐車場から眺める菅生曲輪跡。

何かのイベントの設営中か…?

 

まずは2021年時に見逃した菅生曲輪跡から東隅櫓を撮りに行く。

 

2021年時のはこちら

 

 

 

多目的広場(菅生曲輪跡)からの東隅櫓と土塀。

うわぁ…かなりイマイチ…

マンションが邪魔くせーんだよマンションが。

城の近辺にこんなもん建てないでほしいわホント。

 

改めて大手門。

 

そしてこちらが大河・どうする家康放送に合わせて新たにオープンしたミュージアムショップ。

こちらは後ほど

 

 

まずは三河武士のやかた家康館

こちらも大河に合わせてリニューアルオープンし、放送時は大河ドラマ館になってたそうな。

 

入口には金陀美具足。

これも大河で一躍有名になりましたからね。

 

館内はほぼ撮影禁止なので、撮影OKスポットのみ。

家康の花押が無くなり、厭離穢土欣求浄土と名言が吊るされてます。

 

地下から伸びる蜻蛉切の穂先

 

蜻蛉切と足軽の素槍

 

体験コーナーは変わらずな感じでした。

 

左から徳川家康、本多忠勝、榊原康正、井伊直政

2021年時は金陀美具足も並んでいたんですが、要するにここにあったのが入口に移動したのでしょう。

 

以上、家康館でした。

 

そういえば、このからくり時計も動くの見れなかったなぁ…

 

 

二の丸と持仏堂曲輪を隔てる空堀(西側)

 

太鼓門跡の虎口

 

空堀(東側)

 

持仏堂曲輪

堀と橋の上にそびえる天守という良い絵面なのに

木で下半分が隠れてしまってるのでこちら側も伐採してほしい…

 

新たに設置された家康公・竹千代像ベンチ

 

竹千代像ベンチ

 

家康公ベンチ

 

そして、2021年時は補修中だったのか足場組まれて見れなかったこちら

岡崎城の最大の特徴とも言える廊下橋

 

ただこれ…トンネルの部分がどう見ても現代石垣なんですよね…

実はこの石橋は大正9年に架けられたもので、

江戸時代にはその名の通りごく一般的な屋根付きの木橋が架かっていたそうです。

TVの城特集とかでこの橋は全国的にも珍しいといった感じで説明されることが多いが、

橋自体が珍しいのではなく本丸以外の曲輪から天守へ直結する構造が珍しいというのが正解。

 

清海堀

田中吉政時代に近代改修を受けていますが

清海堀自体は築城時のものです。

 

清海堀からの天守

 

辰巳櫓台石垣と竜城堀

 

本丸

 

 

 

岡崎東照宮 龍城神社

 

御祭神は徳川家康公、本多忠勝公、天神地祇(天津神と国津神の総称)、護国英霊(戦没者)

 

拝殿内部

 

 

岡崎城天守

誰が呼んだか通称「残念松」も無くなり大変見易くなりました。

 

こちら2021年時

一目瞭然w

邪魔くせーわこれと文句言いながら見てましたからね当時w

 

今回は天守内には入らず、外観のみ。

岡崎城は

享徳元年(1452年)西郷稠頼・頼嗣によって築城。

 

享禄三~四年(1530年~1531年)松平清康によって大改修。

これが現在の岡崎城のベースとなっている。

 

文禄五年(1596年)田中吉政によって城郭・城下ともに大改修を受け近世城郭化。

 

慶長五年~正保二年(1600年~1645年)

本多康重・康紀・忠利の三代にわたる改修により平山城から平城へ。

本丸は龍頭山の山頂から現在の位置となり、

元和三年(1617年)複合連結式望楼型三重三階の天守が建立。

 

こうして見えると実は家康は築城も改修も一切手を付けてないんですよね。

そして、天守は田中吉政による建立かと思ったら本多康紀だったという。

2021年の記事には田中吉政の建てた天守と書いた気がする…

 

天守含め城内の建物は明治まで残っていたそうですが

アホの明治政府による愚策・廃城令により全て破却。

ああ、勿体ない…

なんか岡崎城は徳川将軍家発祥の地して優先的に破壊された気がするなぁ…

(自らの正当化のため、前政権を悪に仕立てるという古臭い低レベルな事をしていた明治政府の賊ども)

後、昭和34年に現在の天守が復興されています。

 

二の丸へ戻り

徳川家康公銅像

 

松平元康像

 

最後にミュージアムショップへ。

中へ入るものすごい大盛況だったのですが…

なんか客層違わんかと思ったら、期間限定のユーチューバーの公式ショップみたいなのになってました。

かなり有名な方々の様ですが、ユーチューバー全然興味ないので知りませんでしたがw

そもそもTVもほとんど見ない人なのでyoutubeも興味ひかれたのくらいしか見ないですからね。

元々は大河ドラマに合わせてオープンしたショップですが、例に漏れず放送終了後は規模を縮小。

空いたスペースにこういった期間限定のショップなんかを都度オープンしてるそうです。

 

これにて第一陣終了。

 

ホテルの部屋から。

大手門は見えるが木が邪魔で天守は見えなかった…

 

さて、日も落ちてきましたので第二陣と行きましょうか。

ホテルの真向かいが多目的広場(菅生曲輪跡)なんですよね。

 

今度は東側から東隅櫓と土塀

お、こちら側だと良い感じでは

しかし、マンションが邪魔くせーんだよマンションが!!

 

駐車場への通路

この辺りにも石垣がしっかり残ってるのか。

こちら、一見すると近世城郭の虎口の様ですが松平時代の切通し跡だそうです。

当時は石垣が無いので田中時代か本多時代の改修の際に補強されたのでしょう。

 

石垣の上には浄瑠璃姫の墓

浄瑠璃姫は源義経が鞍馬山を出て奥州平泉へと向かう最中に出会った初恋の人とされるが、

何処の馬の骨ともわからん男との逢瀬に姫の両親が激怒。

義経と引き離されてしまった姫は入水自殺してしまったというもの。

…とはいえ、義経に関するエピソードはおとぎ話めいたものが多いので信憑性はかなり低い。

因みに、往時の岡崎城には浄瑠璃曲輪という曲輪もあったそうな。

 

浄瑠璃姫の墓の裏から東隅櫓

 

城の前の歩道橋の上から

この位置でも天守の頭しか見えないのか…

 

大手門

 

 

二の丸と北曲輪を隔てる小さな堀だったっぽい。

なんか大々的に手が入ってますね…

 

往時の絵図とは微妙に位置が違う気がするんだけど、ここにも廊下橋が架けられていた模様。

 

 

西側から

 

伊賀川(往時は龍城堀と繋がる内堀)

龍城橋の上から

 

坂谷曲輪

 

これは能楽堂の裏側でしょうかね

 

はい、夜な夜な暗い道を一人歩く不審者ですw

 

朝ドラ・純情きらり出演者の手形が市内に点在してるらしい。

 

 

中央の柵に囲まれたのが東照公産湯井

2021年時に見たからいいかとスルー

 

木の隙間から天守

搦手側からのビューポイントはないかと探りながら歩いていたのですが

これが一番マシでしたね。

 

ここで道が分岐…かと思ったら

左へ行くと東照公えな塚(家康のへその緒を埋めたとされる塚)だったそうです。

右へ進んだんですがねw

 

龍城堀へ突き当り

 

道なりに進むと本丸への虎口らしき場所へ。

埋門跡かと思われる。

少し低い位置にあるので、日中に本丸側から見た際は全く気付きませんでした。

 

門跡を抜けると真正面に天守が。

 

そういえば天守付近から下の様子を見てなかったなと。

龍城堀と

いい感じの橋が

神橋というそうです。

 

既に閉館してるんですが、海外の観光客と思わしき人達が結構いる…

龍城神社の前で写真撮ってたりしたんだけど夜の神社はあまりよろしくないんだぞ君達。

 

持仏堂曲輪からの天守。

 

清海堀

 

竹千代・家康公ベンチ

 

この辺りで向こう側から足音が聞こえ、

こんな時間のこんな暗いところに来る物好きが自分以外にも居るもんだと思ったら

なんと戸田宗家でしたw

 

二の丸方面へ

 

空堀

 

しかみ像

 

二の丸能楽堂

そういやここも中は見てないんだよなと思い出し

頭上から

なんなく舞台が見える…

 

本多平八郎忠勝公像

 

徳川家康公像

 

松平元信像

 

持仏堂曲輪へ戻り。

隠居曲輪へ。

辰巳櫓(巽閣)跡と龍城堀

写真だと暗くてよくわからんが、これはまた見事な…

明るい内に見ておきたかったわこれ…

 

道なりに歩くと多目的広場へ出たので

Uターン

 

隠居曲輪から迂回し乙川(菅生川)へ。

既に城外なんですが、一部に石垣(探さなかったけど)が残されており、

菅生川を外堀に見立てた縄張りだったのでしょう。

 

坂谷曲輪へ戻るが

こちらは発掘調査現場で進めず。

この辺りは色々と入り組んでまして、さっきとは別方面へ進んでみると

 

本丸から見えた神橋へ。

 

神橋の上から

龍城堀南側

 

龍城堀北側

 

 

神橋の先は風呂谷曲輪という帯曲輪

これはたぶん本丸への虎口。

 

本丸へ出ました。

そして、トイレの裏側ですここ。

本丸側から見たら気付かんわこれ…というか実際気付かなかった…

 

 

再度天守前。

さっきまではそれでもまだ数名残っている…

 

隠居曲輪経由で多目的広場へ。

 

そういえば東隅櫓の前から写真撮ってないことを思い出し…

 

駐車場(東曲輪跡)へ。

この東隅櫓も2021年時に何故か入らなくて

今回こそ入ろうかと思ったらすっかり頭からすっ飛んでまして…

当然、既に閉まっておりまする。

 

もう一度、歩道橋から

 

 

切通し跡を通り

 

三度、広場からの東隅櫓

邪魔なマンションが入らないこの角度!!

最後に納得のいくものが撮れましたw

以上、岡崎城第二陣でした。

 

これにて四日目終了。

次回は最終日。