続・早朝の春日大社。

今回は一昨日未踏だった春日若宮神社方面へ。

この先が若宮十五社巡り、春日五大龍神巡りの1~3のルートらしい。

 

 

本宮神社遥拝所・鳴雷神社遥拝所

この先、禁足地・御蓋山。

浮雲の峰(頂上)に祀られている本宮神社を拝む場所。

祭神は武甕槌命(タケミカヅチ)、経津主命(フツヌシノカミ)、天児屋根命(アメノコヤネ) 

因みに前回の参道にあった浮雲神社と同体とされるのがこの先の本宮神社。

鳴雷神社も春日山の山中に鎮座しているためここから拝みます。

祭神は天水分神(アメノミクマリノカミ)

こちらが春日五大龍神巡り第三番参拝所だそうです。

 

一童社(三輪神社)

御祭神は少彦名命(スクナヒコナノミコト)

こちらが十五社巡第二番納札社。

 

神楽殿と奥に若宮神社拝舎。

神楽殿は慶長十年(1605年)再建の重要文化財。

若宮神社拝舎は治承二年(1178年)創建、 文久3年(1863年)再建の重要文化財。

 

神楽殿内部

 

 

 

北三間が細殿、中の一間が御廊、南六間が神楽殿だそうです。

 

若宮本殿は撮影禁止のため看板のみ。

長承4年(1135年)建立、文久三年(1863年)再建の重要文化財。

祭神は天押雲根命(アメノオシクモネノミコト)

こちらが十五社巡第一番納札社。

 

八房藤

すっかり散ってしまってますが一週間も早ければ満開だとか?ホントに?

5月の第3土曜日には「薪御能 御社上之儀」が行われるとか。

因みに現在5月第4土曜日であるw

 

左:兵主神社

右:南宮神社

兵主神社の祭神は大己貴命(オオナムチノミコト)、十五社巡第三番納札社。

南宮神社の祭神は金山彦神(カナヤマヒコノカミ)、十五社巡第四番納札社。

 

南側から神楽殿と若宮神社拝舎

 

 

若宮手水屋

寛永九年~十年(1632年~1633年)再建の重要文化財。

手水屋には夫婦大国社が祀られており、

祭神は大国主命(オオクニヌシノミコト)、須瀬理姫命(スセリビメノミコト)

日本で唯一の大国主夫妻を祀っている神社だそうですよ。

夫婦大国社の歴史は古く、平安時代中~後期頃建立。

出雲大社から勧請された神霊を模して二体の御神像が彫刻されたのが始まりだそうです。

2024年10月27日~11月30日には「夫婦大国社 御前立御開帳」が行われていたそうな。

写真見たけど、平安当時の物ではなく後世に作られた像と思われる。

十五社巡第十五番納札社。

 

これが十五社

 

懸橋社、赤乳・白乳神社遥拝所、廣瀬神社

 

懸橋社(懸橋社)

祭神は一言主(ヒトコトヌシ)

十五社巡第六番納札社。

 

二社の中間に赤乳・白乳神社遥拝所

ここから3km離れた場所に鎮座する赤乳・白乳神社(春日大社境外末社)の遥拝所です。

 

廣瀬神社

祭神は倉稲魂神(ウカノミタマノカミ)

十五社巡第五番納札社。

 

 

三十八所神社

祭神は

伊弉諾尊(イザナギノミコト)
伊弉冉尊(イザナミノミコト)
神日本磐余彦命(カムヤマトイワレヒコノミコト)

最早説明不要のイザナギ・イザナミ夫婦神に

神日本磐余彦命とは初代天皇・神武天皇の神名です。

十五社巡第七番納札社。

 

佐良気神社

祭神は蛭子神(ヒルコノカミ)

蛭子神とはえびす様。

十五社巡第八番納札社。

 

 

春日神社境内ナギ樹林

 

金龍神社

 

聖蹟の碑が…

奥に見える注連縄と石が

元春日 枚岡神社遥拝所

祭神は天児屋根命(アメノコヤネノミコト)、比売神(ヒメガミ)

十五社巡第十三番納札社。

スルーしてましたが辛うじて写真に入ってましたw

 

祭神は金龍大神(キンリュウオオカミ)

十五社巡第十四番納札社・春日五大龍神巡り第一番参拝所

 

御醍醐天皇聖蹟金龍殿址の碑

鎌倉幕府討幕計画が露見した後醍醐天皇が笠置山へ逃れる際にこの地へ立ち寄り

宮中にあった鏡を奉納し、天下泰平を祈願したことに因むそうです。

禁裏の鏡を奉安していたことから「禁裏の社」とも呼ばれるとか。

こちらへ進むと戻りそうなので…

奥の参道へ。

 

春日明神遥拝所

注連縄の下にある九個の石。

十五社巡第九番納札社。

 

宗像神社

祭神は市杵島姫命(イチキシマヒメミコト)

十五社巡第十番納札社。

 

 

伊勢神宮遥拝所

その名の通り伊勢神宮の遥拝所。

十五社巡第十二番納札社。

 

龍王珠石

祭神は善女龍王(ゼンニョリュウオウ)

春日五大龍神巡り第二番参拝所

 

 

紀伊神社

祭神は

五十猛命(イタケルノミコト」)
大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト)
抓津姫命(ツマツヒメノミコト)

主祭神の五十猛命が紀伊国へ樹木の種をもたらした樹神なので紀伊なんだそうです。

十五社巡第十一番納札社。

 

道々、あればいいや程度に歩いてましたが

これで一応、十五社コンプリート。

まぁ、十三番は実質スルーなんですがw

末社とはいえ、よりによって祖神の社をスルーとはなぁ…

五大龍神巡りの4と5は全く別方面だそうですw

 

ご丁寧に、これより先に神社はありませんの看板w

引き返します。

 

護摩壇

見逃してたらしい

 

今更ながら奥の院道というらしい

 

はい、金龍神社へ戻りました。

 

聖蹟 金龍殿と燈籠奉献の辞

 

では、そろそろいい時間なのでもどりましょうか。

金龍神社へ続く階段を下る

 

参道へ

 

周辺のマップだが…

興福寺があんな場所に…改めてかなり歩いたんだなと。

そして新薬師寺がすぐ近くに…

まあ、まだ開いてないでしょうし、あまり時間もない。

 

上の禰宜道

 

南側の参道は下の禰宜道、中の禰宜道、上の禰宜道、奥の院道に分かれるそうです。

 

二股になっているので進んでみると

奥の院道

どうやらこれがさっきの紀伊神社の「これより先に神社はありません」の道の模様。

因みにこの奥の院道が本殿から最も遠い参道。

 

奥の院から境外へ。

気付けば新薬師寺が徒歩5分圏内の所まで来ていたw

 


浅茅ヶ原園地・浮見堂

 

飛火野

木の奥に見えるのが御蓋山。

あの山の頂上がタケミカヅチが白鹿に乗って降り立ったとされる浮雲の峰。

そして、本宮神社が祀られている。

 

奥に見えるのが若草山。

三段構造の山になっており、三重目(山頂)には鶯塚古墳が。

その構造から三笠山と呼ばれるそうですが

 本来は御蓋山の通称が三笠山で何かと混同されてるそうです(江戸時代から)w

 

別角度から

木が被ってしまったが御蓋山、その奥に花山

この二山の通称が春日山で、

御蓋山を「(春日)前山」、花山を「(春日)奥山」とも呼ばれるそうです。

春日山に三笠山に御蓋山にと…そりゃ色々と混同されるのも仕方なしでは…

 

鹿注意の看板w

 

無数にいる鹿は全く動かないので全て置き物と見た。

 

ぐるりと迂回して春日大社表参道へ。

これは本物

 

これも本物

 

嵌る鹿

おもしろいのでしばらく観察してましたw

時間は迫っているが…

一瞬顔を出す

また潜るw

 

一之鳥居

以上、早朝の春日大社でした。既にすっかり日は登っているがw

 

これで一昨日からのモヤモヤ感もようやく晴れたぞ。

 

さて、あまり時間も無いのでさっさと帰って朝飯食わねば…

ば…

ダメだーーー

足が勝手に進んで行くーーーーーーー

 

興福寺五重塔

天平二年(730年)聖武天皇の妻・光明皇后によって建立、応永三十三年(1426年)再建の国宝。

 

南大門跡と礎石

撮り忘れてたんですよねこれ。

 

中金堂

和銅七年(714年)藤原不比等によって建立。

現在の中金堂は2018年の再建。

 

南円堂

弘仁四年(813年)藤原冬嗣によって建立、寛政元年(1789年)再建の重要文化財。

 

 

興福寺三重塔

康治二年(1143年)崇徳天皇の中宮・皇嘉門院聖子によって建立、
治承四年(1180年)に焼失するも間もなく再建。
現在の興福寺境内で最古の建造物にして国宝。

 

一昨日は曇りで微妙な天気だったが、本日は文字通り雲ひとつ無い快晴。

素晴らしいのが撮れました。

 

南円堂の脇に…

 

鹿…ではなく神使が…

 

チラッ

何故かこちらを見る神使…

この後、侵入したのかは不明…

 

さて、急いで戻らねば。

最早、朝飯は諦めた。

 

どうやら既に6kmくらい歩いてたらしいw

だが、これはただの序章に過ぎなかったのだ…