はじめに

今回ですが閲覧注意です。

何か写ってるからですよ。

何かってこの世ならざるものですよ…

 

続・彦根龍潭寺。

大洞観音堂

平時は閉じており、入れませんでしたが

本尊の楊柳観音菩薩が毎年10月中旬に特別公開されているそうです。

本日10月23日。これはもう少し早く来てれば中入れたんじゃね?とw

 

藍渓和尚伝来の七福神

南渓和尚とは別人物と思われる…

 

何処だ何処だとしばらく境内を彷徨いまして…

大洞観音堂も脇からでしたw

 

はい。

ここまで来なら登るしかないでしょうよ。

モンキー出やがるのか…

 

いざ、出陣

 

え…?

え…?

いや、やばいわこれw

狭間い箇所は道幅が30cmくらいしか無いという。

正規の道は完全に自然に返って後から付けられた登山道なんじゃないでしょうか。

 

下は崖ですw

入口の看板の通り辺りからは

ウッキーーー!!ウッキャッキャッキャーーー!!と聞こえてくるじゃありませんか。

 

こちらは堀切と思いきや「かもう坂通り往還」という切通しだそうです。

旅人が頻繁に往来する東山道と琵琶湖岸を繋ぐ道だったとか。

城郭の防御の為に大地を削ったのが堀切。

通行の為に大地を削ったのが切通し。

という認識なんだけど、たぶん間違いないはず…

 

ここでほぼ中間点。

右の登山道はたぶん堀切跡。

 

 

この様に狭い道幅に加えて枕木すらない急斜面もあったり。

 

 

本当にやばい箇所にのみ枕木階段があるんでしょうなw

 

西の丸

下段曲輪跡

 

無残にもへし折れて木に寄りかかる塩硝櫓跡○○案内柱の残骸…

 

西の丸は搦手側の防衛曲輪で三段構造の曲輪だったそうです。

歩いてみるとなんとなくだけど三段だった事がわかる。

 

先へ進むとゆるい登り傾斜になってまして

右側が中段じゃないでしょうかね。

 

たぶん中段?

これ完全に自然に返ったところへ後付けの登山道を付けたんじゃないでしょうかね。

 

無理矢理付けた様な枕木階段w

 

たぶん上段

 

堀切跡っぽい

 

井伊家伝来の佐和山城絵図には上段に焔硝櫓、下段に塩櫓の記述があるが

現在は下段を焔硝櫓と呼称しているそうだが、↑の案内柱残骸は塩硝櫓という合体名になっている…

一体どれが正しいのかw

 

また出てきました

無残にも根本からポッキリ逝ったのか木に寄りかかる石柱の残骸…

本丸跡○○○

読めん…

 

本丸への最後のやばいゾーン

右側は崖ですw

はい。たぶん落ちたら終わりですw

ある意味で虎口なクネクネ道を何度も折り返しながら…

 

遂に出てきた「本丸←」の看板

 

埋もれた石を発見

 

こちらにも

石垣の残骸…?

 

通常の城郭だと最後の櫓門に相当する箇所だが…

たぶん虎口跡でも何でもないただの登山道だと思う…

 

本丸跡へ着

標高232.9m、距離にして約1km

いやぁ…来てしまいましたねw

当初、登れるところまでのつもりが結局最後まで登ってしまいましたw

見ての通り何も残っていませんが達成感が凄いw

 

佐和山城址の碑

 

この辺りが天守だったらしいが…

全くわからんですね…

 

萬霊供養地蔵尊

関ヶ原の戦い直後、佐和山城の戦いが勃発。

東軍(金吾さま)15000に対して主力は関ヶ原に出払っていた石田方は2800。

城主不在且つ寡兵にも関わらず善戦するが、最期は石田正継・正澄(三成の父と兄)の自害により落城。

この戦いの戦死者を供養する為の地蔵尊ではないでしょうか。

因みに石田軍記では炎上・落城したとされているが

散乱していた瓦等には焼失した痕跡が無いそうです。

戦後すぐに直政が入城している事からも

炎上しておらず、総大将を失ったために降伏・開城説が有力なのでは?

 

彦根八景 武士の夢 佐和山

西側には木々が無く、下界が見渡せます。

 

彦根城が…

見下ろせるんですよ!!

彦根城への移転には

領民達の三成への思慕を断ち切る。

直政が中世城郭的な縄張りを嫌った。

幕府による三成の形跡抹消。

…等、様々な説。

佐和山城を徹底的に破壊し尽くしたため、直政は三成に呪い殺された
と領民達が噂したという俗説があるそうだが
彦根築城計画中に直政は亡くなっているので佐和山解体工事もまだ始まってなかったと思うんですよね。

 

帰り道…

なんか見覚えのあるタオルが落ちてると思ったら自分のだったw

知らぬ間に落としてたらしい…

無事(?)下山しました。

まさかあんなに足場が悪く崖に接近してるとは。

昨年の月山富田城が生ぬるく感じましたよw

因みに完全に平服で登りましたが軽い登山装備で行った方が良いでしょう。

靴だけはミリタリーブーツ履いてたので助かりましたが。

 

駐車場へ戻り

 

さっきまであれに登ってたのか…

 

おや…?

隣には井伊神社とな。

折角なので行ってみます。

 

井伊神社

 

あれ…?

なんか囲ってるし閉まってんじゃね?

しかも…

猿だッ!!猿が居やがるぞ!!

こっちにも居やがった

これはまだまだ居そうなので近づくのはやめました。

襲われた場合、一匹くらいなら倒せるかもしれんがさすがに数が多いとやられかねんw

 

以上、佐和山城址でした。

 

珍スポット佐和山遊園も気になったんですがね…

 

彦根城周辺へ戻り

外堀周り

あ…天守がよく見える…

昨日の夜は内堀周りを天守が全然見えねぇと思いながら歩いてたんだけど…

そういや春の姫路城もこんなだったな…

内堀周りだと近過ぎて天守が隠れて見えないという事を学んだw

 

道中、城の駐車場前も走ったんですが満車になってました。

平日なのにあの混み様なのか…

朝一で来て大正解でしたね。

 

夢京橋キャッスルロード周辺のショーウインドウに赤備え具足

 

ひこにゃん像

もう少し時間があればこの辺りもブラつきたかったんですがね。

 

本日の昼食

 

安土城組と合流のため駅前へ。

 

日中の直政像

 

 

写真撮ってたら丁度向こうからトシゾー教授が(右の歩いてくる人影)

 

そして…本日の登山で靴底に穴が開き…

佐和山産どんぐりがwww

これ、硬すぎて全然とれなくて家まで持って帰りましたw

今も部屋の刀置き場に一緒に置いてますw

 

このどんぐりには井伊直政と石田三成の魂が宿っている…

 

続く