先日の練習にて、足袋を履いた瞬間…
指先に激痛が走る!!
例えるなら鋭利な金属を素足で踏ん付けたが如き痛み。
痛って!!なんだ!?金属片でも紛れ込んだか!?
足袋から蜂が出てきたよ。
お前かーーーーーーーーーー!!
このクソ野郎…叩き殺すぞボケがぁぁぁぁぁ!!
…と、勢いに任せてそのまま素手で叩き潰してしまいそうになった衝動を抑え
やはりティッシュで包んでからブチ殺してやろうと思い直す。
しかし、ティッシュを取り出した弾みで風が舞う…
その風に乗って蜂の野郎は天井まで飛び去ってしまったのだった…
刺し逃げしやがった蜂の野郎。
やはり衝動のままに叩き殺すべきだった…
降りて来やがったら有無を言わさず切り伏せてくれるわ!!
私はかつて、二度ほど飛んでる蠅を刀で落とした事がある。
一度目は抜刀していた刀の鎬面で叩き落とし
二度目は納刀状態からそのまま居合斬りを当てて落とした。
さすがに切れはしなかったけどw
では、続きといきましょうか。
丸亀城と来れば当然こちらも来なければ。
今回は高松城。
駐車場からいきなり破風の付いた立派な三重櫓ですよ。
こちらは現存櫓で重要文化財。
1677年(延宝5年)建立の艮櫓(丑寅櫓)で、太鼓櫓跡。
東ノ丸の北東の隅櫓として建てられたものですが、
戦後に現在のこの太鼓櫓跡へ移設されたそうです。
因みに昨日行ったのは備中高松城、ここは讃岐高松城。
一般的に高松城と言えばこちらの讃岐高松城のことを指す。
同じく伊予松山城と備中松山城があるが一般的に松山城と言えば伊予松山城のことを指す。
何かと不憫な備中の城。
個人的に備中松山城は高梁城の別名の方を表に出した方が良いんじゃねと思っている。
玉藻公園
美しい藻の意なんだけど
最強妖怪・九尾狐狸こと玉藻前を連想してしまうw
東門
東門の桝形虎口
なんという芸術レベルで綺麗に並んだ乱積の切込石垣かw
真ん中だけ打込接。
先ほどの艮櫓。
旧東之丸艮櫓
それこそ御三階櫓相当の櫓ですよねこれ。
これが隅櫓だったというのだから、巨大な城郭だったことが容易に想像できる。
因みに高松城は水軍の運用を視野に入れた日本初の本格的な海城として設計され、
築城には黒田官兵衛、細川忠興、小早川隆景、藤堂高虎という錚々たる顔ぶれが関わっていたとされる。
櫓台から
西の丸跡方面
東門側
こういった長い桝形も珍しいんじゃないでしょうか。
では、進みましょうか。
前方左側は桜の馬場という、その名の通り桜の名所だそうです。
これまたその名の通り当時は馬術訓練場だったと思われる。
桜御門跡
天気が良いのでここから眺める石垣が堀に映って素晴らしい。
桜御門
こちらは高松空襲によって焼失されたものが
2022年に復元完了。実は昨年完成したばっかだったのか!!(2023年)
桜御門を進むと三の丸跡(たぶん)
こちらが披雲閣(旧松平家高松別邸)
重要文化財ですが大正6年建立と、比較的新しい。
高松松平藩時代にも現在の二倍の規模の同名の建物があったそうだが
明治期に老朽化のため取り壊されてしまったんだとか。
あれ…?入れんの?
どうやら一般公開は年に数回だけで
基本的に貸館のみだそうです。
年中一般公開は誤情報だった…
うわーーー肩透かしだーーー
披雲閣の脇に陳列館というのがありまして…
丁度、この門の真逆方向。
そこに当時の展示物や資料、更には土産屋なんかが入っていたらしい…
うおぁぁぁぁぁ!!目に入らず完全スルーしておったわッ!!
因みに2024年3月30日、陳列館はリニューアルオープンされたそうです。
この時、2023年はリニューアル前だった。
披雲閣庭園から
大正時代ということで
しっかりガラス張りになってます。
こちらは昭和天皇・皇后 御手植松
月見櫓方面へ
ん…?
なんかおかし…
…いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!?????
あ…足場ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!
噓でしょ!?まさかの改修工事中だったとは……
辛うじて渡櫓と水手御門は見れましたが…
肝心の月見櫓が見れんとはなぁ…
もう一発の肩透かし!!
道路を挟んだ向こう側の怪しい櫓風の建物は報時鐘。
外堀沿いにあった鐘楼を移設したものだそうですが中には入れず鐘は見れないそうです。
鐘は承応二年(1653年)鋳造だが、建物はそう見ても怪しい現代建築w
その先が海でして、
現在は埋め立てによって遠のいてしまったが、当時は水手御門と海が直通だったのでしょう。
陳列館をスルーしてしまったので当時の模型が見られなかったのだよ…
中堀跡
高松藩松平家の泳法
御家流泳法があったそうだ。さすがは水城の御家。
こちらは内掘
当時は全ての堀が海と直通になっており、
現在も地下を通って海と繋がっているらしい(たぶん)
鉄門跡の石垣
黒門の桝形虎口
ここから二の丸跡(たぶん)
本丸への最後の防衛線である鞘橋
彦根城の廊下橋のように防衛時には落とすことができるらしい。
平成23年の再建だそうです。
城攻めされる心配のない現代なので橋落としギミックはオミットされていると思われる。
この橋は内堀と石垣が綺麗に見渡せましてね。
前方のが天守台。
三の丸側
披雲閣の屋根が見える
左が本丸石垣。
前方が高松築港駅。
ここもまた城の中にある駅なのだ。
先日に福山城といい城の中にある駅って結構多い。
主郭への最後の桝形。
ここから本丸跡
天守台。
こちら、2007年より石垣の解体修理工事が開始され、2012年に補強工事が完了。
この補強工事には将来的に天守復元も視野に入れられているとか。
足下注意
彦根城や津山城に比べれば余裕っすよw
天守台、地階跡。
こんな感じで全域が入らない程デカイ。
独立式層塔型3重4階+地下1階で、平面約26.2m、高さ約24.5mという巨大な天守だったとか。
天守台からの本丸
鞘橋と二の丸
左に二の丸、右に三の丸
三の丸と披雲閣
披雲閣をズーム
現在では本丸、二の丸、三の丸、西の丸の一部が残っていますが
中堀から外の大半が失われており、最盛期の約1/8にまで減少してしまったそうです。
外堀に至っては完全に埋め立てられてしまったとか。
内堀の鯉
ずいぶんと居るな…
鯉と思いきや…
なんと鯛でした。
そうか海と繋がってるからか
鯛願城就とな
こちらは内堀の水門跡
最後に披雲閣へ。
脇道から続いていたので最接近。
披雲閣庭園からの天守台
玉藻公園看板と艮櫓
東門桝形の謎の壁。
これ、敵が侵入してきた時にぶち破って背後から攻撃するものなのだろうか。
東門へ戻り
高麗門ですね。
どうもこちら側は裏側らしい?
海の方にも駐車場があるらしく、どうもそちら側が正面なんだとか?
以上、高松城でした。
披雲閣は誤情報。
陳列館は完全スルー。
月見櫓は修理中。
特に月見櫓が残念すぎる…艮櫓よりも更に立派な三重櫓だというのに。
なんとも肩透かしばっかくらう不完全燃焼もいいところでした…
本日の昼食。
讃岐うどんにハズレはなし
次回は早くも本州へ戻るw
























































































