福知山市を後にし、ひたすら走り続け岡山県を目指す。

休憩で立ち寄ったSAが…

鳥取県だったw

どうやら京都→兵庫→鳥取→岡山というルートだったらしい。

約150km走破。

 

史跡 津山城跡

日本三大平山城(津山城、姫路城、松山城)のひとつ。

建物こそ櫓が一つしかないが、とにかく石垣が凄い。

 

無料ゾーンでもこの通り見事な石垣。

 

しかしまぁ…

17時過ぎてるんでね…

 

史跡 津山城跡

無料ゾーンだけでも見ておこうと思ったがこんなもんでした。

 

森忠政

現在の津山城へと大改修したのがこの人。

織田家のやべーヤツこと鬼武蔵・森長可と森蘭丸成利の弟である。

因みにこの忠政もなかなかのやべーヤツw

 

ホテルから

おお、しっかりと見えるじゃありませんかッ!!

あれが城内唯一の建物である再建された備中櫓。

 

ライトアップまでの時間潰しがてらの散歩。

吉井川

これがあの吉井川か…

 

津山駅

この駅はSLで有名だそうですよ。

蒸気機関車C11-80号というそうですよ。

 

再び吉井川。

吉井川と言えば備前伝。

一文字派、長船派、吉井派、大宮派、畠田派などが吉井川下流に集中しており、

長船、畠田、一文字と並び、その対岸に吉井、大宮と並んでいたそうでして

意外と近場で打っていた様で、何らかの技術交流があったのではないでしょうかね。

しかし…

津山は美作国であるw

備前伝はその名の通り備前国。

吉井川は津山市街地を東へ流れた後、南に流れるそうでその先が長船の地だそうです。

つまりこことはまったく別の場所w

南へ約50km先だそうですw

 

そして対岸には

ライトアップされた備中櫓。

 

しかし、近寄るとほとんど見えなくなるという罠…

マトモに見えんしホテルへ戻って窓から眺めるかと思ったが…

狭いエレベーターにアホみたいに人並んでるんですよ。

これは待ってられんわと階段で登る

8階までw

あぢーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

汗が滝のごとくw

 

部屋からの備中櫓。

そして、その下に見える洋館(歴史民俗館)が退廃的でカッコイイw

以上、これにて初日終了。

 

二日目。

早朝の備中櫓

 

本日こそ城攻略じゃあ。

 

 

こちらは城内風の建物だが津山科学教育博物館。

ものすごい数の動物の剥製が展示されており、

懐中電灯を片手に周るナイトミュージアムはなかなかのホラーらしいw

 

 

冠木門跡の石垣

 

表門(冠木門)

 

三の丸 下の段

 

 

ここの石垣が

これぞ打込接の見本ってくらいに間詰石がこれでもかというほど綺麗に詰められてます。

 

こちら順路じゃなかったらしいw

これは後世に作られた階段だそうです。

 

三の丸 上の段と

鶴山館

 

 

脇にある顕彰碑を正面に

右を見ると

おお、これは良いビューポイント

石垣の素晴らしさがよくわかる。

 

鶴山館

津山藩の学問所(文学所)として1871年(明治3年)に建立。

まだ廃藩置県の前なのでまだ「藩」なんですよ。

当時は修道館と呼ばれていたそうな。

 

駅にもあったB'zの巨大パネルがここにも

つーか、稲葉さんって津山出身だったのね。

 

 

 

修道館の平面図

 

こちらは江戸時代の城郭絵図。

 

津山城下町の図

 

 

森家系図

源義家が祖。

この系図では忠政は鬼武蔵の弟から養子扱いになっている。

忠政は嫡流ではないので森家の正統な跡継ぎアピールのため

鬼武蔵没後に養子という事にしたんじゃないでしょうかね。

因みに廃藩置県後に鶴山館は学校の校舎になったそうです。

元々、別の場所に建っていたそうですが

校舎が新築されたのを機にこの場所へ移設されたそうです。

 

再び、三の丸 上の段

 

石垣ではなく土塁が。

その上の石垣が玉櫓の台。

当時の絵図でもここだけが土塁になってるんですよ。

 

一部にロープが張ってないので…

ロープ張ってない箇所は入っていいんでしょ理論でw

正面の川が内堀跡。

 

この辺りに火縄櫓が建っていたそうで

真下も曲輪の様になっており、当時の絵図ではこちらにも門があった模様。

やべぇ…こえーわこれ…(高所恐怖症)

 

土塁の上から鶴山館

 

 

謎の野面積み石碑w

 

その真下の虎口。コ型で手が込んでます

こちらが順路且つ、築城当時の通路。

階段の段差が大きいので中間に一段足してると思われる。

 

見附櫓跡

L字型の渡櫓でその名の通り見張りのための櫓でしょう。

 

 

こちらが表中門跡

 

 

鉄砲櫓跡

こちらも大きな渡櫓で文字通り鉄砲狭間から三の丸に群がる敵を撃退するもの。

 

向こうは搦手方面なので後ほど

 

まずは表中門側から

表中門櫓は見附櫓と鉄砲櫓より一段低く建てられていたみたいですね。

 

門跡の石垣

 

この先はさっきの玉櫓跡に繋がっていると思われる。

こちらも後ほど。

 

弓櫓跡

一段低い石垣は塀になっていた様でおそらくは武者溜り。

 

備中櫓が見えてきました。

こちらもコ型で手が込んでいるw

 

四足門跡

城内の建物はことごとく破却されてしまったが、

この四足門だけは中山神社に移築されたそうです。

ああ、勿体ない

 

ここから二の丸

 

先ほど下から見た鉄砲櫓跡

上から見ると平坦でわからんがねw

 

備中櫓が真上に。

 

備中櫓の打込石垣。

 

 

またしてもコ型の虎口ですw

木が邪魔だなぁ…長局の石垣が隠れて…

 

切手門の石垣

切手門櫓と弓櫓はL字で連結していた模様。

 

切手門跡

 

階段まで桝形虎口でして

この虎口を抜けた先には

更にコ型が待ち受けているという二段構え。

左に武者溜り、右に弓櫓。

虎口に進行を阻まれているところを両側から狙い撃ちにされるわけです。

 

井戸跡

 

このあたりが辰巳櫓跡…

…から真下、先ほどの表中門の脇にあった階段の先ですね。

碑が建っている模様。

このくらいの高さならばギリギリ大丈夫(高所恐怖症)

 

この先が非常に気になるが、こちらも後ほど。

 

包櫓跡

 

包櫓台と連結して表鉄門櫓台

こちらが城郭最大の石。

 

表鉄門跡

 

 

反対側の広場に使者櫓跡。

台の無い平櫓だったそうです。

右の石垣が表鉄門の石垣。

後ろが到来櫓の石垣。

更に死角になっている表鉄門の裏には塀があり

四方を囲まれた謎の空間になる。

おそらくは武者隠し。

 

台処門跡

主郭への最後の桝形虎口

 

ここから本丸

 

 

 

到来櫓跡、長局跡、その先に備中櫓

 

この辺りに到来櫓跡。

 

 

ここから長局跡で柱と地面の灰色のブロックが4間の面積。

当時の長局の平面図から割り出した一部屋の面積に相当しているそうですよ。

 

恐る恐る下を…

切手門跡の少し手前でした。

もう少し左に寄っていれば虎口の形状が見えたかもな(恐ろしくてそんなこと思いもしなかったw)

 

備中櫓台の武者返し石垣

だが恐ろしい(高所恐怖症)

 

そして備中櫓。

 

次回へ続く。