再建天守なんでとナメてかかっていましたが、
特に武具の展示物がかなりの見応えで
思いの外、時間を食ってしまった岐阜城天守。
その天守を後にし、残る城郭を、周って行きますよ。
櫓を模した建物ですが、
元々は食物を保管する倉が建っていたとか。
菅原豊補と名入り。
初めて聞く名前ですが
菅原・・・本姓の菅原氏?
花押が入ってます。
マネキンに着せてるのがシュールなんだけど・・・w
一説には平手氏の本姓は菅原氏だとか。
既にお亡くなりになっているが平手政秀繋がり?
藤原光長と名が。
江戸時代の鏡師だそうですよ。
真ん中のも銘入りだが読み取れなかった。
こちらの燭台、アームが可動するようです。
この時代からすでにこんな物があったんですね。
ガンプラの関節の先駆けかもしれないw
大政官様の制令です。
こちらは秉燭(ひょうそく)という燈火具の一種だそうです。
こちらは香時計と呼ばれる香りで測る時計です。
香を焚いて燃焼速度で時間を計っていたいたとか。
かの有名なノブナガ・アーマーもとい南蛮具足の複製です。
ノブナガ・ライフルもとい火縄銃
信長の野望のあの人の画ですね。
間違いなくこの信長から現代の信長像が確立したと言って良いでしょう。
こちらも信長着用と言われている具足と陣羽織の複製。
打刀拵を太刀置きしてるのに違和感・・・
食器類
こちらは発掘品ではなく健全な品ですよ。
さざれ石
岐阜県の天然記念物に指定されているそうです。
パワーストーンの浄化用の小石もさざれ石なんて呼ばれてますが
由来はこれなんじゃないのと。
そして第二のポージングスポット!!
ポージング芸人大活躍ですw
岐阜城の守護神。
本当はそこの壁に貼ってるヤツみたく岐阜城に向かって攻め込むっぽいですw
資料館を後にし、先ほど本丸から見下ろしたのがこの場所。
数少ない信長時代から残っている石垣です。
井戸は埋まっています。
見上げると天守が。
天守へ向かう途中、順路ではない橋を進んだのですが
ここでしたw
帰路に通る道だったのねw
そうかw
さっきは逆走してたのか自分w
秀吉の千成瓢箪発祥の地ですが
階段の前にロープが張っていて立ち入り禁止になっていました。
下からギリギリ撮れた祠。
色々と勘違いの多い秀吉の改名ですが
木下藤吉郎秀吉
↓
羽柴藤吉郎藤原朝臣秀吉?(通称は表記しなかったかもしれない)
↓
羽柴藤吉郎豊臣朝臣秀吉?(通称は表記しなかったかもしれない)
実のところ木下から羽柴へ改姓しただけだったりする。
最後に太鼓櫓跡
・・・なのですが
現在はレストランに生まれ変わっています。
二階は展望室で岐阜の街が一望できます。
で、この展望室に山岳信仰と思わしき一行が・・・
北に向かって頭を下げて数分間そこから微動だにせず。
少なくとも私が展望室へ入ってから出るまでの間はずっと頭を下げていたぞ。
つーか、いい迷惑なんだよなー・・・
場所占拠されてて他の人達がそちらへ行けないという事をおわかりかね?
先頭並んで窓際確保!
それでは、地上へ戻ります。
ここからなら天守が見れることでしょう。
天守が
天守が・・・
天守が・・・あれ?
どうやら木の陰に隠れてロープウェーからは見えない事が判明したw
なにーーーーーーー
折角、先頭並んで場所確保したのにッ!!
反対側に陣取って岐阜の街並みを眺めれば良かった・・・
空からの三重塔
空からの発掘現場
山内一豊と千代 婚礼の地碑
有名な逸話、内助の功ですが実は山内家にはその記述がなく、
真偽のほどは定かでなかったりする。
小休憩。
甘味は好まぬが折角なのでいただくとしよう。
公園からの居館入口
公園から望む天守
パッと見てパッと発つ予定でしたが、まさかの見応えに・・・
既に時間は押していますw
続く












































































