ロープウェーが混んでまして全く写真撮れませんでしたw
因みに、登山コースが数本あるそうですが、どれも登頂まで1時間くらいかかるとか。
歩いた方が当時の遺構なんかも見れたのかもしれませんが、
時間が惜しいのと三日目の疲労で体力が著しく低下しているのですw
今年の大河の舞台、岐阜城。
天下第一の門
一ノ門跡があった場所・・・なのか?
なんかね、もう自分でも何を撮っていたのかよくわかっていませんw
どうやら再建と侮っていたのか、掲示物ばかり撮っていて肝心の遺構を撮っていなかったという・・・
岐阜城歴代城主
下克上大名と言えば最初に必ず上がる名が斎藤道三。
一介の油売りが大名まで成り上がったというのが通説でしたが、
最近の研究では父親の長井新左衛門尉(松波庄五郎)との親子二代によるものだという説が有力だとか。
そして、あまり知られていないというか話題になりませんが、
織田氏主家を滅ぼし、斯波氏も追放し、尾張統一を果たした信長もまた下克上大名なわけなんですよ。
当時の地図の複製でしょうか
経年劣化の為か下部が残念なことに・・・
ここは馬場跡なのか・・・?
道なりに何も考えずに撮っていた様でわからんw
傾斜がついてカーブしている道が大河でも再現されていた様な。
堀切
ここはちゃんと撮ってましたw
木橋が架かっていたそうですが、見事な鉄筋ですな。
ということで
順路ではないのですが、橋へ上がろうではありませんか。
見事な塀が。
鉄砲狭間
鉄筋コンクリートですね・・・
順路ではなくとも私は進む。
何故ならそこに橋があるからだ。
下に見える道が順路です。
因みに当然の事ながら、橋を経由すると遠道になるわけで、
皆は順路を行く中、私だけ変なルートを行く。
遅れないよう坂道をダッシュで行くわけですよ。
こうして無駄な体力を消費していくのである。
ここの地形も大河で再現されていたような感じです。
猪出るのかよ・・・
二ノ門跡
至る所に鉄砲狭間と矢狭間が。
題目塚
隣には縁結の祠
さあ、天守が見えて参りました。
右の「ギ~」ってヤツ
何故かこういう謎の撮影スポットが多いですw
これ、撮影したのは2019年6月です。
現在、ここの看板は新しく立派な物へと建て替えられたようです。
ここがビューポイント
岐阜城天守
再建天守ではありますが、なかなかの物です。
自撮棒刀を手に一枚。
ここから本日のポージング伝説が始まるのであったw
撮影時はほぼ織田一色でしたが、
現在、大河効果でこの辺りには斎藤家ののぼりも立ってるのだとか。
本丸からの眺め
こちらが戦国時代の石垣ですが、上からだとほとんど見えませんね・・・
こちらは後ほど。
本日、土曜日という事で結構混雑でしてるんですよね・・・
次回は天守内へ。
続く。
































































