いい感じに疲労が蓄積し始めた三日目ですw

あれに見えるは稲葉山城あらため岐阜城。

憎たらしいくらい良い天気ですねw

昨日の天気は一体なんだったのかと言いたい。

入口の織田信長像。

美濃平定後の信長の拠点となったため、世間一般的には織田信長の岐阜城というイメージが強いのでしょうけど、

私的には斎藤道三の稲葉山城というイメージの方が強かったりします。

 

岐阜の中心部から意外と近く、思ったより早く到着してしまったため

ロープウェーがまだ動いていませんでしたw

仕方ないので時間潰しw

 

まずは発掘調査案内所から

発掘された食器類でしょうか。

 

 

 

 

発掘した金箔瓦の復元。

こちらも発掘された破片

 

 

こちらも発掘された器類。

なかなか状態の良い物も。

 

こちらも発掘された器類。

ここにはありませんでしたが刀などの武具も発掘されているそうですよ。

 

発掘現場へ向かう途中の岐阜公園。

太陽光が射すほどの素晴らしい天気です。

因みに真ん中の白い物体はレンズの傷が反射して起こった現象です。

関ケ原で写り込んでいたのとは位置が違うんですよねぇ・・・

アレはやはり・・・

 

 

こちらが織田信長公居館跡発掘調査の現場。

正面には三重塔が。

まずは塔から攻めて行きましょうか。

 

大正天皇即位の祝いで建設されたそうです。

意外と新しかった・・・

残念ながら中には入れませんでした。

 

 

いい感じに光が射してくれました。

しかし、一段下からだと木々に埋もれてる上に逆光でよく見えない。

近寄り過ぎると見上げる感じで全体が上手く入らないという何とも困った位置でした。

 

いざ、発掘現場へ。

橋(当時からここにあったのかは謎だが)があったり、小川が流れてたりで

言われてみれば屋敷や庭園があったんじゃないかと思える地形なんですよね。

 

 

 

 

 

信長居館・奥座敷跡

 

 

 

濃姫の部屋跡

ひと昔前までは完全に濃姫の名が定着していましたが、

これは本名ではなく、濃州の姫・美濃から来た姫という意味なのは有名な話。

今年の大河もそうですが、最近だと帰蝶と呼ばれる事も増えてきてますね。

しかし、この帰蝶って名も縁起が悪いと思いません?

蝶が帰るって・・・政略結婚が当たり前だった時代にこの名前はちょっとと思いません?

一説には本名は胡蝶とも言われ、

私的にはこちらの方がガチなんじゃないの?という気がするのですが。

 

発掘現場の全体図

 

 

 

 

たぶん公園へ続く道

 

 

信長居館の中心建物跡

こちら側からだとわかり難いのですが

 

 

 

 

 

一段下りて

非常にわかり難いけど、のぼりの奥にある柵の辺りから

石垣の左端まで。

この範囲が館だった様です。

 

 

 

 

こちら側が館の正門だったのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは斎藤氏時代の石積み。

 

 

 

 

巨石列の通路

 

巨大な石が並んでいるのをおわかりいただけるだろうか。

これはほんの一部らしく、当時はもっと巨大な石が並んでいたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にここを下りますと・・・

 

 

居館入口周辺

あ、ここが本来の入り口かよw

 

 

横から入ってきたので最後に入口でしたw

時間潰しの割になかなかの見応えで気付けばとっくにロープウェーは動き出していましたとさw

次回は登城しますぞ。

 

続く