おはようございます、
なおです。


ふつーに生まれた私が
どうやって今まで生きてきたのか?について
綴っています。。。


前回はここ

【わたしの世界観45】




ハワイアンロミロミのお店を
自力でオープンし、

はじめこそ
「これって上手くいってんじゃない?」
なんて有頂天になっていたけど

全く何も分かっていなかった私が上手くいくわけはない。

世の中そんなに甘くない。

で、ずるい私は
妊娠したのをいいことに
逃げる選択をした。

最低最悪な人間だ。


現実問題、
このまま続けていくわけにはいかなかった。


まず資金が続かない。
体調も不安定。

体調の悪さに比例し
気力も落ちていた。


まず私がとった行動は、
最大の難関。


大家さんに話に行くこと。


契約の際、
数ヶ月分の敷金をお支払いしていたが
こんなに早く退去するとは
お互いに思ってもいなかったから

戻ってくるなんて思ってもいなかったけど

案の定、戻っては来なかった。


それよりも、この物件を借りるとき
あんなにワクワクした未来を
大家さんに話したあの時の自分とは
全く違う現実になってしまったこと。

当時の私はまだまだプライドが高くて
本当に恥ずかしくて
この現実を話すのが
嫌でたまらなくて

ドキドキして泣きそうになって
自分が蒔いた種だというのに

悲劇のヒロインにでもなったような感覚に陥っていた。


今、思えば絶対に友達になりたくないタイプ。

しかも「逃げ」るのである。

恒例の大家さん、
長く商売をやっている大家さんも
呆れ果てたであろう。

そして、最初から分かっていて
貸してくれたのかもしれない。

同じ年頃の娘を持つ親心だったのかもしれない。

今思えば、当時の私に
大冒険をさせてくれた、

そして現実とは甘くないと肌で感じさせてくれた
最大の恩人でもある。

今現在、すでに故人となってしまった
大家さんには感謝の気持ちでいっぱいだ。


そして、物件問題がひと段落し、
またもや難関。


お腹の命の父親となる人。

いきなり小学生の娘の父になる。

少し前から娘にも数回会ってはいた。

しかし、突然増える家族に、

自分の子供がいきなり2人になる、

しかも1人は血が繋がっていない。
そんな状況に


普通なら・・・・・

戸惑うに違いない。

このままバックれる、も、
ありえることだ。



しかし・・・・・

予想外に・・・・

喜んでくれた。

実は、もう18年が経った今でも
思い出したように

「ありがとう」と言ってくれる。

当時小学生だった娘を
ちゃんと自分の子供として育ててくれた。


そんな奇跡のような
仏様のような

温和で平和な人と私は2度目の結婚をした。


そして、はじめての起業。
ハワイアンロミロミのお店は
幕を閉じた。


残ったのは、
ロミロミのための道具・・・・


それらを置く場所がなかったから
結婚と同時に皆で住める場所、

学区内への引っ越しをする。

お腹の中の命と共に。


続く