西武新宿線:本川越駅から北へ700mほどのところは、

川越十カ町地区都市景観形成地区。 ( ずいぶん長いタイトル )

蔵つくりの街並みが残されて守られています。

 

 

 

 

信号機も目立たない色とデザインになっています。

 

 

 

 

 

 

昔の街並みが残っている町は日本のあちらこちらに在りますが、川越の

建物の迫力や街並みのスケールは、他の町を圧倒します。素晴らしい。

 

鴉山 ( からすやま ) 稲荷神社は、西武新宿線:本川越駅から北へ

800m、住宅街に鎮座されます。

 

 

 

鎮座地:埼玉県川越市仲町10-11 鴉山稲荷神社

 

 

 

 

 

 

 

左に神輿庫。

 

 

右に日露戦役記念碑が建立されています。

 

 

 

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鴉山稲荷神社について

 

歴史

 

社記によると、長禄元年 ( 1457 ) 上杉特朝の命によって川越城築城の

任にあたった太田道真が、城の櫓より四方を眺めたところ南西を森が

さえぎり、富士山が眺望できないために、これを伐採させたところ、森の

中に石祠があり、

 

 「 源家勝平、怨敵退散、子孫長栄、大願成就、守護、

   承安三癸巳天四月十七日願主河島武盛 」

 

と記した祈願文が発見された。

道真はこれを築城の吉兆としてここに仮宮を建立した。

以来、代々藩主の信仰厚く、松平斉典 ( なりつね ) の擁し

斉省 ( なりさだ ) の奉納 「 鴉山祠 」 の額が現存している。

 

当社は塚上にあり、鴉が群棲していたことにより鴉山稲荷神社と称すると

云う。

また、古くは周囲に塚が多く、中でも鴉山が大きいので川越七社の第一位

として、その名は 「 親塚稲荷 」 とも云われる。

 

また、町内では 「 お稲荷さん 」 とも呼ばれ、親しみ大切に信仰され、

今も尚、町民全体の文化遺産として伝わり引き継がれている。

 

鴉山神社修復実行委員会

                         ( 境内説明文 )

 

拝殿からの眺め。

 

 

 

以上。