東急田園都市線:桜新町駅から南へ500mほどのところです。

下は国道246号線、上は東名高速道路です。

 

 

何を表しているのかわからないのですが、犬と鶏の像があります。

 

 

    

 

この像の下から呑川が突然始まっています。

 

 

清流。

 

 

 

 

散歩していた地元の方に尋ねてみますと、下水を浄化して像の下から流しており、、親水公園

として整備されているのだそうです。呑川沿いに歩きます。

 

 

 

噴水もあります。

 

 

ここから呑川が暗渠になり、フタをされた上面は呑川緑地公園になります。

 

 

246から1㎞ほど歩いた所に宮前橋があります。 といっても橋は無く、交差点です。

 

 

 

この交差点から50mほど西へ行ったところに、深沢神社は鎮座されます。

 

 

 

    

 

 

右に手水舎。

 

 

手水鉢は巨大な岩です。

 

 

 

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深沢神社由緒

 

祭神 天照皇大神 ( あまてらすすめらおおかみ )

    大山都見命 ( おおやまつみのみこと )

    応仁天皇   ( おうじんてんのう )

    倉稲魂命   ( うかのみたまのみこと )

    日本武尊   ( やまとたけるのみこと )

 

当社は、永禄七年五月深沢郷兎々呂城主谷岡重頼が、伊豆国三嶋神社の分霊を勧請

奉斎して三嶋神社と称した。 

 

明治七年四月三日、村社に指定。

明治四十二年六月、村内の天祖神社・稲荷神社・八幡神社・山際神社・御嶽神社等

七社を合祀し、深沢神社と号して深沢村鎮守となった。

 

爾来、神気清浄・家運繁栄・人心尊崇を得たが、社殿老朽甚だしく、氏子崇敬社相選り

相諮りり復興奉賛会を発足し、此度に社殿・社務所・神楽殿等を造営尾落成し永遠に

鎮め奉るものである。

 

昭和四十二年十一月三日 深沢神社復興奉賛会

 

                                          ( 境内説明文 )

 

手水舎の後方には、玉川消防団第六分団格納庫があります。

 

 

拝殿に向かって右に鳥居があります。

 

 

 

御社名不明の境内社。

 

 

境内社の左側に深川弁天社の参道があります。

 

 

石段を下りて行きます。

 

 

 

 

 

 

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深沢弁財天由緒

 

祭神 市杵島姫命 ( いちきしまひめのみこと )

 

当社は永禄年間、伊豆国三嶋大社の末社で弁財天として名高い厳島神社から勧請した

ものと伝えられております。 この三嶋弁財天は伊豆の豪族北条氏の守護神として篤く

信仰され、殊に北条政子の命により文覚上人が江ノ島の聖地に勧請したのも、この

弁財天なりと伝えられております。

 

深沢神社境内神池に奉斎された弁財天は、古来水の神として農耕灌漑用水の守護神と

神徳が称えられ、さらに商売繁昌、安産、芸能の神としての信仰が加わり、また招福の

神として往古より近郷近在の信者から信仰を集めて参りました。

 

池には片目の鯉にお伝説があり、眼病で苦しむ人々が弁天様に願をかけ、片目の鯉を

池に放したと伝えられております。

 

海ならず たたえる水の底までも 清き心は 月ぞ照らさん 菅公

 

昭和四十七年十月八日 深川弁財天復興奉賛会

                                           ( 境内説明文 )

 

弁天社からの眺め。

 

 

弁天社から石段を登ってきました。

 

 

拝殿からの眺め。

 

 

呑川緑地公園まで戻ってきました。

緑地公園は東急東横線:都立大学駅までつづきます。

 

 

呑川が地上に現れるのは、東急目黒線:緑が丘駅。

大田区の本門寺の脇を通り、大森 ( 羽田空港 ) で東京湾に辿り着きます。

 

以上。