拝殿に向かって左に恵美須神社が鎮座されます。
 
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御祭神 事代主命 ( ことしろぬしのみこと )
 
奥に鎮座される田村社。
 
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御祭神 坂上田村麻呂命 ( さかのうえのたむらまろみこと )
 
杭全神社は征夷大将軍坂上田村麻呂公の孫、当道により、素盞嗚尊を氏神として
創建されており、坂上田村麻呂公の命日である5月23日に田村祭が行われるそうです。
 
その奥に鎮座される十柱社。
 
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左から、
恵比寿社   事代主命 ( ことしろぬしのみこと )
大国社       大己貴命 ( おおなむちのみこと )
多賀神社   伊弉諾尊 ( いざなきのみこと )
中井神社    素盞嗚尊 ( すさのおのみこと )
住吉神社   住吉大神 ( すみよしのおおかみ )
八幡宮       誉田別命  ( ほんだわけのみこと )
松尾神社   大山咋命 ( おおやまくいのみこと )
金比羅神社 大物主命 ( おおものぬしのみこと )
愛宕神社   火産霊神 ( ほむすびのかみ )
加茂神社   別雷命  ( わけいかづちのみこと )
 
本殿の後方に向かっていくと、真田幸村の幟が立っていました。
 
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真田幸村と平野区の縁については、平野区がHPで紹介しています。
稲荷社。 吉岡大明神の提灯が掲げられています。
 
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拝殿の後方に、本殿が鎮座されます。
 
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左から 
第一本殿  素盞嗚尊 ( すさのをのみこと )
 
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第二本殿  伊弉册尊 ( いざなみのみこと )
        速玉男尊 ( はやたまのをのみこと )
        事解男尊 ( ことさかのをのみこと )
 
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第三本殿  伊弉諾尊 ( いざなぎのみこと )
 
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第三本殿の右に鎮座される鎮守社。
 
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御祭神 粟柄神 ( あわえがみ )
 
備後国風土記 ( 逸文 ) には、以下のように書かれています。
 
村に弟の将来と兄の蘇民将来が住んでいた。 弟の将来はお金持ちで家と倉を100持っていた。
武塔 ( むとう ) の神が夜になり、弟の将来に宿を求めたが宿を貸さなかった。
そのあと貧しい蘇民将来 ( そみんしょうらい ) に宿を求めると、蘇民将来は粟柄 ( 粟の茎 ) 
で寝床を造り、粟の御飯でもてなした。
 
数年経って武塔の神が八柱の子神を連れて蘇民将来の家を訪れた。
「 子孫はいるのか?」 
「 妻と娘がおります。」
「 腰に茅の輪を付けさせよ。」
 
その夜、武塔の神は村の全員を殺した。 ( 疫病を流行らせて蘇民将来の家以外が死んだ )
「 私は須佐の男である。 今後疫病が流行ったら、蘇民将来の子孫だと言って腰に茅の輪を
付ければ、何を免れるだろう。」
                                     ( 抜粋 )
 
粟柄の神は須佐男命でした。
 
拝殿。
 
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御神池に鎮座される宇賀神社の隣。
 
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新しくお社が建ちそうな気配です。 御神紋は五円?
参道の横に聳えるのは、金光教の建物。
 
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平野駅に向かいました。
 
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大阪城と桜。
 
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以上。