めっちゃ面白いゲームを発見した。

 

 

 

というか、子供の友達が家に忘れていったのを見つけたのだけど あまりにも面白いので 最近の夕食の時に卓を囲んでやっている。

 

 

 

もちろん任天堂とかGREEが出すようなゲームではなく アナログなカードゲームですよ。

 

 

 

 

『カタカナーシ』 というゲームで

 

 

70枚のカードのに 全て違ったカタカナ言葉が6つ書かれており

全部で420ある。

 

 

 

 

 

一枚のカードに書かれた6つの言葉は だいたい一括りに出来そうな共通点がある。

 

 

カードの表には1~6の数字が一つある。

 

 

山札から一枚めくり 次の山札の表の数字を合わせると 一つ、カタカナの言葉が決まる。

 

 

 

↑ この”イベントカード”は ゲームの難易度を高くするためのもので 使うかどうかはそれぞれ。

 

 

 

それを、カタカナ言葉を一切使わずに 説明する。

 

 

 

これがまた難しい。

 

 

 

 

痛感させられるのは 自分たちは何気なく使っているカタカナ言葉の中でも

名詞ではなく 形容詞や状況を示すような言葉を

 

ハッキリとした定義を知らずに なんとなく経験則で口にしてしまっているということなのだ。

 

 

 

 

自分がブログを書くときに 昔、学校で習わなかった現代的なワード(言葉)を使った方が伝わりやすいかなと思って打った手前

 

本当にそのワードの定義は 自分が思ってるもので間違いないのだろうかと 必ず調べてから書くようにはしている。

 

 

 

 

この『カタカナーシ』のカードで自分に振られた言葉が 

生活の中で全く聞き慣れない 聞いたことのないものであれば

国語辞典を引くか ネットで検索すれば覚えておくことは出きる。

 

 

けど、検索した答えの中にあるカタカナ言葉すら使ってはいけないというルールには なかなか手こずらされる。

 

 

 

 

ちなみに 簡単な”名詞”で こちらが説明する側だと、、、

 

 

 

『近代化の際に 戦勝国から日本に入ってきた食べ物で 

挽き肉を長く腸詰めしたものに 棒がぶっ刺さったもの』

 

 

 

、、、 分かりますか??

 

 

、、、

 

 

これは簡単に伝わった。

 

『フランクフルト』です。(ドイツの都市名から来てますが)

 

 

 

 

けど、初っ端で『プロジェクト』という言葉が出た時はかなり考えた。

 

もちろん検索すれば一発で分かるし 誰もがプロジェクトという言葉は知ってるので 『このプロジェクトは~~、、、』と会話することはできる。

 

 

 

 

けど、真の意味での定義を知らないまま 経験則だけで使っている言葉の中には お互いの間に齟齬が生じている可能性もあり 

それはゆくゆく何かの失敗を招くことになるかもしれないし 

迷惑をかけることにも 自分が恥をかくことにも繋がるかもしれない。

 

 

 

 

『プロジェクト』は とりあえず自分なりに(ネット検索せずに)

 

ー (複数の人が) ある設定された目標(特に、新しいものを生み出す時に使っている気がする)を達成するために 練られた(練っていく)計画。 ー

 

と説明したのだけど これで伝わりますか?

 

 

 

家族はこれまでの人生で使ったことがないので 伝わりませんでした。

 

 

ゲームの時はもちろんやってはいけないけど 検索する前に一度自分で考えることが大事じゃないかなと思います。

 

 

 

 

ゲーム上の細かいルールは それぞれで決めればいいけど

たとえば↑の『プロジェクト』の説明で不適切なのは

 

 

ー 青龍(ジャッキーチェン)の80年代の映画で 機動隊に所属する青龍が時計塔から落下する場面があり 

海賊を壊滅する作戦が主題(テーマ)の原題(タイトル)から 英字を抜いたもの (プロジェクトA) ー

 

 

といった感じに ゲームの参加者でジャッキーチェンのプロジェクトAという映画を知らない人は 答えようがないというのは不公平で

 

”プロジェクト”の本質を表しているのではないので 本来の回答にはなり得ません。

 

 

 

 

このゲームをすると その人の性質が顕著に浮き彫りになります。

 

 

上記のように 『自分の知ってることはみんなが知ってるもの』という思考パターンの人は 

概念や定義ではなく 他人の知り得ない固有名詞を使って説明しようとします。

 

 

 

普段からこういう話し振りの人は要注意で 本当に人に伝えようとする気の無さの表れではないかと思いますし

こと客商売においては 致命的な失言をしてしまうこともあります。

 

 

 

子供の内からこういうゲームをすることで 単にカタカナ言葉の定義を覚えることよりも

なんとなく自分の思ってることを いかに共通の言葉の中から 誤解なく相手に伝えるかというトレーニングになると思う。

 

 

 

 

 

ところで

 

そもそもカタカナ言葉の定義とされてるものが 完全にネイティブの意味を捉えているのかといえば 

それはネイティブではない日本人には分かりようがない。 

 

 

もともと日本人の感覚に無かったものまで外から入ってきたのだから。

 

 

 

ちょっと違うけど これを逆の立場でするとこうなる。

 

 

 

ここでの表現は面白く 『木漏れ日』という言葉を英語で説明しようとすると

 

『sunbeams streaming through leaves』

 

『light coming through forest ceiling』

 

ということになるとのこと。 

 

 

ー この表現では生い茂った葉と葉の間から 陽がキラキラ差し込む光景は思い浮かばない。

木漏れ日という一言で言い表した先人の感性は見事である。

(成毛氏談)

 

 

 

というように 日本人に自然に刻まれるはずの 日本語の優れた感覚が忘れられて 

 

いつの間にか 馴染みのない”必須ビジネス用語”を丸暗記させられたり

 

相手によって言葉を変えて伝えるべきところを 無難なスタンプ一つで済ませてしまったりする今の社会が 酷く空虚に見える。

 

 

 

興味のある人は是非家族でやってみてください。