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旅人ふちがみの旅ブログ

世界50カ国を放浪したふちがみ猛志が、当時を思い出しながらつづるお気楽ブログ。
政治を目指す原点である旅の記録から、ふちがみの一端を知ってもらえたり、世界に興味を持ってもらえたら、幸い。

昔の話なので、記憶違いがあってもご容赦を願いたい。

ネパールは、予定なくやってくることになった。


正直、私はインドに疲れたのだ。

インドの喧騒や、客引きや、物売りや、交渉や、あれやこれやに。


バラナシには、ネパールから南下してくる旅人もおり、そこから聞こえてくるネパールの落ち着いた雰囲気に、救いを求めたのだ。


そして、私は期待通りのネパールに、癒された。


インド系だけでなく、チベット系の人も多く、日本人にも顔が似ていて、どことなく安心できる。

食事もカレーばかりでなく、あっさり味のチベット料理もあり、激辛でダメージを受けた胃腸の回復が図れた。

そして、ヒマラヤの美しさ、どこか懐かしい風景、田舎っぽさ。


何より、物売り、客引きがしつこくない!!

インドに比べれば、天国ようだった…。




しかし、、

タイからネパールにやってきたという日本人旅行者が語っていた。

「ネパールの客引きはしつこい!タイが天国のようだ。」




インドって、いったい…。



私は一週間、ネパールに滞在することになった。






旅人ふちがみ
インドに来て、一週間。


私は、ガンジス川のほとりの聖地、バラナシにいた。
photo:03





カルカッタから入国し、
ガンジス川沿いに北上する。

お釈迦さんが悟りをひらいたブッダガヤに立ち寄り、

そしてヒンドゥーの聖地バラナシへ。




聖なる川ガンジスを目指し、多くのヒンドゥー教徒が集まり、また旅人も集まる。

全てを浄化するというガンジスは、
あらゆるものが流されるから、すごい色をしているが、

そこで沐浴したり、洗濯したり、
その横を死体が流れていたり、、。


まあ、とにかくすごいところだ。





バラナシは、まさにインドの中のインドというかんじ。


しつこい客引きも、
ふっかける物売りも、
街の喧騒も、
街をうろつく野良犬、そして野良牛。

全てが最強レベル。

写真じゃ迫力が伝わらないけど、街中の一枚。
photo:04


とりあえず、どこにでも牛。
(バラナシに限った話ではないが)


夜、真っ暗な路地を歩いていて、寝ている牛につまづいたり、

バフっ!と、牛のあれを踏んでしまったり…。




まあ牛はいいとして、

とにかく人、人、人のうっとうしさ…




さらには体力低下が追い打ちをかける。


極度の下痢。


インドに来て、貧乏旅行をしている人間は、ほぼ確実に下痢に見舞われる。



私はこの聖地で、精神的、体力的に疲労のピークに達していた。


ああ、インド、嫌だ、嫌だ。
なんで、こんな国に来てしまったのか…。



それがこの時の率直な思いだったような。

予定なくインドに来た私は、どこか違う国に行きたくなった。




どこに行こう??

あ、すぐ北に違う国があったな…。

避難だ、避難。

ネパールに避難だ。



そうして、私は北に向かった。




まさか、こんな調子で、帰国時にインド大好き人間になろうとは…。




つづく。



旅人ふちがみ





インドの長距離移動は概ね列車になる。


金があれば飛行機なんだろうが、
ないのでハナから選択肢にない。


この列車がまた、さすがインド!である。



自由席の取り合いは熾烈を極め、
列車がホームにやってくると、完全に停車する前に次々と人が飛び乗ってゆく。

多くの家族はバカでかい荷物を持ち歩いており、列車の乗り降りや、自由席では邪魔で仕方ない。

いったいそのバカでかいトランクに何を詰めているんだ?と思うと、

私の見た限り、たいていの場合、カレーである。

荷物一つ分は、カレーの入った鍋と、チャパティ(ナンの薄いやつ)の束であり、無事家族で席を確保した瞬間、荷物を広げ、カレーを食べ始める。

列車を待つ間、駅のホームにも食堂はあり、そこで食事すれば、確実に荷物が一つ減るのだが、、、

夜8時発の夜行列車でも、駅で食べず、そんなかんじだった。


たしか当時、鉄道駅では、「Small baggage, Good journey」みたいなキャッチコピーが掲げられていたが、

私に言わせれば、「No curry in train」の方が、荷物が減ると思ったものだ。



乗客は、残飯から、バナナの皮まで、様々なものを、走行中の窓から捨てる。

「野良牛が食べてくれるから」なんだと。



列車でもなかなか一人になれない。


隣から、上(※)から、次々に声がかかる。

(※)荷棚にも乗客がいる。

「どこから来た?」
「インドは好きか?」
「俺のカレーを食うか?」

とか。




夜行列車では夜中の2時、3時であっても、駅に停車している間に、売り子が怒涛のごとく乗り込んできて、

大声で、

「チャイチャイチャイ、チャーーーイ!!!」

とか叫んで通過してゆく。

もはや、乗客の安眠など、屁の河童である。(売り子は鉄道とは無関係の駅近隣の商売人のよう)

百歩譲って、チャイは夜中でも喉が乾けば飲みたくなるわけだが、夜中の3時に大声で風船を売ってる人間を目撃したこともある。




とにかく、朝から晩まで、喧騒の車内。


「世界の車窓から」の優雅なのを想像していると腰をぬかすこと間違いなし。




旅人ふちがみ
インドでの買い物は衝撃に満ちている。

※当時のレート、1ルピー=3円くらい


◼︎バナナラッシー編

ラッシー 10ルピー

バナナラッシー 12ルピー



私は、バナナラッシーを注文し、12ルピーを払った。


待つこと一分。

店員が私のもとにやってきた。


「バナナを買いに行くから、2ルピーくれ。」


それ、最初の12ルピーに含まれてるんですけど。





◼︎みかん編

みかん、1個2ルピー。


みかん売りの屋台で買おうとする。


「3個買わないか?5ルピーにしてやるよ」
「いや、俺は1個でいいんだ」
「3個5ルピーの方が得だぞ」
「だから1個でいい」
「3個にしておけ」
「1個だ」

ありがちなやりとりを繰り返し、ようやく諦めさせた。

2ルピーで1個だけ、購入することに決定。

そして、みかんの山から、一個を取り出し、私は5ルピー札を渡し、お釣りを要求する手を差し出した。


みかん売りはうつむき気味に、私の手の上におつりを置く。


おつりは、、


1ルピーと、

みかん、もう一個。



これは2個買ったのと同じではないか。
さっきまでの交渉は何だったのか。


お釣りとして渡された1個のみかんを突き返し、2ルピーを取り返す。


みかん1個を買うのに要した時間、5分。



◼︎ココナッツ編

ガンジス川のほとりでたたずんでいると、

少女がココナッツを売りにやってきた。

少女の手のひら程度の大きさに切られた、ココナッツ。


「ココナッツいらない?」
「ごめん、いらないや」
「100ルピーなんだけど」
「え!!それは高すぎるよ!高い!」
「じゃあ、50ルピーは?」
「それでも高すぎる。ありえないよ」
「30にするわ」
「まだまだ高いよ。ダメだよ」

中略

「1ルピーでいいわ」
「それでも高いと思うな」
「もう、最後よ。50パイサで(0.5ルピー)」


もはや、1.5円。

私は単位が変わったことで、ハッとした。

そうだ、そもそもココナッツなんていらないんだった。
値段の問題じゃなかった。

あまりに高い最初の値段に反応し、交渉に付き合ってしまったのだ。



「ごめん、はじめからココナッツはいらないんだったよ」

「え…、そうだったの。わかった。もう、あげるわ。」

「くれるの?タダで?」

「うん、あげる。お兄さんには負けたわ」

「そうか、じゃあ、タダならもらうよ」



そう言って、交渉に疲れた二人は、隣に座って、ガンジス川を眺めながら、一緒に売り物のココナッツをポリポリと食べるのだった。


「商売って難しいね」


そんなことを言いながら。





こんなやりとりが、インドの買い物ではちょいちょい起こる。




旅人ふちがみ
インドを一人旅する。



しかし、なかなかインドが一人にさせてくれない。



特に貧乏旅行では。



駅につけば宿の客引きに取り囲まれる。

道をあるけばリキシャー(自転車のタクシー)の運転手が、「Where are you going?」を言い続けながら着いてくる。

町に入れば、物売りが次々にやってくる。


やかんをもったチャイ(紅茶)売り、

果物売り、

民芸品売り、、、



どいつもこいつも、一言二言で諦めてくれる弱っちい奴らではない。



私は宿の予約などしたことがない。
しかし、客引きにはふっかけられるから、絶対に使わない。

「宿を紹介するぞ」
「いや、いらない」
「いや、紹介してやる」
「…もう、決めている(嘘をつく)」
「どこの宿だ?」
「教えない」
「もっといい宿を教えてやる」
「いや、そこに泊まりたいんだ」
「だからどこだ?」
「ここだ(諦めてガイドブックを指差し嘘をつく)」
「そこはもうつぶれた。うちにしろ」
「嘘をつくな。つぶれてない」
「本当につぶれていたら、うちにするか?」
「いやだ」
「なぜだ?」


少し気を許せば、そんなやりとりが延々続いてしまう。



一言も口をきかず、シカトして歩き続けても、30分ついてきつづけたリキシャーもいた。
(さすがにそれは私の最高記録だが、3分くらいはザラだ)



物売りとも同様である。


「◯◯をいらないか?」
「いらん」
「いくらだ?いくらなら買うんだ?」
「だからいらん」
「50ルピーなら買うか?」
「だからいらん」
「30なら買うか?」
「だからいらん」
「わかった、10ルピーにしてやる」
「だからいらん」
「日本人なのにケチだな」


といった具合に…



広場で一人たたずんでいても、、


ただの暇な人、

物乞い、

大道芸人、


次々現れる。




そして、人に疲れ果て、宿に帰り、一人、部屋に入る。




ドンドンドン!


ドアが鳴る。


「今日は大事なクリケットのパキスタンとの一戦がある。おまえの部屋のテレビを見てもいいか?従業員の部屋にはテレビがないんだ。頼む!お願いだ!」



気づけば、私の部屋に5、6人の従業員が集まり、大騒ぎしている。



そして、クリケットの試合が終わり、従業員が立ち去った瞬間、、



バチ!!


突然の停電が襲い、

真っ暗闇の中、ようやくの一人の時間を楽しむことを諦め、

私は眠りにつくのだった…





旅人ふちがみ

インドに行ったら映画を見るべし。

別にインド映画でなくてもいいと思う。


なぜなら、映画そのものだけではなく、

映画を見ているインド人が面白いから。

と言うと失礼かもしれないが、あまりにも日本と観賞スタイルが違うのだ。


私は、007 Tomorrow Never Die を見た。
映画 

アクション映画を見るインド人、騒ぐ、騒ぐ。


「うぉーーーー!」

悪者をやっつけるシーンは、
「やれ!やれ!もっとやれ!やっつけろ!」

みたいなとか。

悪者が背後からこっそり迫ってくるシーンは、
「危ない!うしろ!うしろ!」

とか。

ラブシーンは、
「ヒュー ヒュー」

みたいなとか。

とにかく、みんな感情移入しまくりで、大騒ぎ。


映画が終わる頃には全員ジェームスボンド状態。

みんな手をピストルにして、友達同士で狙い合ったりして、
出口ですっとドアの影に隠れてみたり。

会場出ても大騒ぎ。


そんなインドの映画館。

ぜひ、インドでは映画を見るべし!
である。



ちなみに、私が同映画を見た日、

見る前には晴天だったのに、
映画の間にスコールが降り、
出たらなんと、ヒザ下くらいの洪水!
(ダウンタウンの水はけが異常に悪い)


ということで、映画館を出たジェームズボンドたちは、
いきなり現実に戻され、靴を脱いで裸足で、
水没した街へと消えていくのでした。。。。。



旅人ふちがみ


カルカッタ。現在のコルカタ。



一日目のカルチャーショック。



①飛行機が着陸態勢に入るとあちらこちらでお祈りが始まったこと。


②無事着陸成功がわかると大歓声と拍手が沸き起こったこと。
(この二つは発展途上国では時々あるが、当時は知らず、驚いた)


③まだ滑走路でランディング中なのに、待ちきれずにインド人客がCAの制止を振り切り、我先にと出口に殺到したこと。


④飛行機を降りたら、カレーと動物の匂いがしたこと(失礼だとは承知で、当時の本音)。


⑤と思ったら、滑走路の脇に野良犬がいたこと。


⑥空港のターミナルビルを出たら、空港敷地ですでに牛が寝てたこと。


⑦市の中心部に向かうバスがあまりにオンボロで、走行中に窓に肘をかけたら、窓枠ごと外れて、ガシャーンと道路に落ちて砕け散ったこと。


⑧「げ!どうしよう!」とオロオロしてたら、後ろの席のインド人が「ノープロブレム。」と慰めてくれたこと。


⑨そう思って周りを見渡したら、全体の二割くらいの窓が、すでになかったこと。


10. 安宿街につき、適当な安宿に入るまでの100mほどの間、宿の客引き二人とリキシャー(自転車タクシー)が声をかけながらずっと付いてきたこと(無視し続けても)。


11. 安宿を探し、交渉したら、宿代が1/3になったこと。(その後、これはたいしたことないと知る)


12. 部屋で一息ついたら、なぜか部屋の外から宿の従業員に南京錠をかけられ、半ば監禁状態にされたこと(大騒ぎし、支配人に救出してもらう。従業員を問い詰めたが、とぼけられる。動機は不明。)



そんな一日目。


これから残り35日、どんなことが待っているのかと、

不安が私を襲ったものだった。

特に最後のやつ。

でも後にも先にも、こんなことはなかったし、耳にしたこともなかったので、どうかインド旅行を計画されている方は不安に思わないで下さい。




旅人ふちがみ

私の人生初めての海外は、インドである。


1998年2月、二十歳になった直後、
一人で行った。



なぜか「一人旅ならインドだな」という固定観念があったのと、

その一方で予備知識ゼロで、ガイドブックを買ったのに全く見ずに現地に到着したあたり、

今でもあの時の心理状態がよくわからない。




インドといえば「価値観が変わる」とよく言う。

あまりに常識が違い、強烈なカルチャーショックを受けるのだと。



二十歳という大人になって、そういうものに、ただ憧れていたのだと思う。


別に、どこに行きたい、というのでもなく。



だから、36日の行程、インド東部のカルカッタ(現・コルカタ)から入り、帰りは首都ニューデリーから、という以外は、何も決まっていなかった。



インドは「『また行きたい』か、『二度と行きたくない』のどちらかにはっきり分かれる」と言う。

私は心からインドが好きで、「また行きたい!」なのだが、私のブログを見た人がそうなるとは限らないことを事前にお伝えしておく。


きっとそんなブログになると思う。






その後にかなりの経済発展を遂げた国なので、現在と違う点も多々あるだろうが、、。



それでは、旅人ふちがみの旅ブログ。

やはり最初はインドに触れたいと思う。

ただし、インド編を書き切ることなく、あちこちに飛ぶつもりなので、その点はご容赦のほど。





ふちがみ猛志

旅ブログを書こうと思う。



と言っても、これから旅に出るわけではなく、今から15年ほど前の話をブログにして紹介しようというもの。

これまで50カ国ほどを放浪した思い出話を。



私、ふちがみ猛志が政治を志したことに、この旅は切っても切れない。

世界を旅し、色々感じ、政治を志すに至った。



いま、私は政治活動の真っ最中で、本来、15年も前の話をブログにしている場合ではないのだが、


私の政治の原点を知ってもらいたく、
また私自身が原点を見つめ直したく、

このブログを綴ろうと思う。



当時(1998~2001あたり)はブログなんてものもなかったので、あの頃の思い出を個人的に記録しておきたい。

という思いもある。




そんな、旅人ふちがみ猛志の旅ブログ、どうぞよろしく!




なお、15年も前の話である。

当時のことを書くが、現在はすでに違っていることもあるだろうし、私の記憶違いもあろうが、どうかご容赦頂きたい。


通貨・価格などの数字はあくまで当時のもの(記憶)である。




それともう一つ、時系列に沿って書くと、最初に行ったインドの話だけで先に進まなそうなので、書きたくなった順に書くが、この点についてもご了承頂きたい。




ふちがみ猛志