あまりいつもいつも高市早苗批判ばかりしていても退屈ですので、話題とガラリと変えて今日は北海道は帯広市のことを書いてみたいと思います。
というのも自分を振り返ってみて、「お前はどこの人間か」と尋ねられたとき、その答えは「帯広の人間」ということになりそうだからです。帯広市では、小学校から中学校卒業まで5年間生活しました。それだけではなく、父方は岩手県出身、母方は石川県出身なのですが、祖父母が北海道に渡ってきて、私の父は根室、士幌、その後帯広市で、母は、生まれてからずっと帯広市で育っています。
そんなこともあって、私に一番フィットする町はおそらく帯広市なのではないかと思います。手頃な大きさで、人間性も悪くない住みやすい町であると思っています。帯広市あるいは帯広市周辺の町を出身地とする主な有名人は、松山千春、鈴木宗男、中島みゆき、安住紳一郎、吉田美和、小野寺昭、そんなところでしょうか。皆さん個性的ですね。
北海道を大きく分けると、道南、道央、道東、道北の4つになります。道南は函館市のある北海道の南部です。南部ですから北海道では一番温かいです。東北の延長と思っていいかと思います。人柄も東北人に近いところがあるような気がします。北海道人よりは細かなところにこだわります。北海道人の中ではプライドが高いです。
寒さについても、東北から函館市に行くと北海道は寒いと感じますが、北海道から函館市に行くと「やっぱり南の函館市は暖かい」と感じます。温泉が多く、食べ物が美味しいのも東北的です。函館山からの夜景をはじめ観光名所がたくさんあります。孟宗竹、柿の木、赤・黒松なども育ちます。ただし、ヒグマがいるのはさすがに北海道です。
道央は、札幌市、小樽市、千歳市、苫小牧市あたりですね。札幌は人口196万人の大都市です。私は札幌で通算26年間生活したことがあります。私にしてみれば、札幌砂漠といったつまらないイメージがあります。それをわずかに癒すのが小樽市ですね。
道北は旭川市を中心とする北海道の北部です。近年は美瑛町がブームになりましたね。それから、テレビドラマの「北の国から」のロケ地は道北の富良野市になるようです。面白かったですねえ、あのドラマ。あんなのを見ると私はすぐに涙が出てきてしまいます。富良野市にはアルペンスキーのW杯が1991年まで10回開かれたことがあるそうです。もう40年以上前になりますが、私もたまに富良野にスキーを滑りに行ったものです。
そして、帯広市があるのが道東になります。とにかくメチャ寒いです。私が小中学生の頃、朝のテレビで「今朝6時の帯広の気温は」なんて放送されていたのですが、たまに「マイナス30度」ということがありました。ダイヤモンドダストなどというものも、普通に見ていました。
大変だったのは、車のエンジンをかけることでした。寒すぎるものですから、バッテリーの能力が落ちているのか、オイルが硬くなっているのか、下手をするとエンジンキーを回しても「ウィ」で終わってしまいます。かかれば儲けものという感じでした。それから、防寒用の耳当てというのでしょうか、必須でした。耳当てなしで戸外と歩くと10分もすると耳が痛くなってちぎれそうに感じました。
本当にまあ、過酷な生活をしていたものです。夜眠る前にストーブの上でグラグラに煮えたぎっていた薬缶のお湯が、ストーブから下ろしてあくる朝には、中が全部凍りついているというような寒さで、屋内がバリバリの氷点下でした。マイナス10度かもっと寒かったのでしょう。よく生き延びてきたものです。
肉の塊など、玄関や階段の踊り場などに置いておこうものなら大変です。凍って硬くなってしまい、包丁など全く受け付けなくなります。それでも子供だったのものですから、冷たいとは思っていましたが、寒いとは思わなかったですね。子供は新陳代謝が活発なのでしょう。
以上の極寒の北海道は道東、道北のことです。北海道の中でも、道東、道北が「ザ・北海道」になります。まずは広いですよね。とにかく広いです。初めて尾瀬(尾瀬ヶ原)に行った時に、「あ、こんなに狭いんだ」と驚いたくらいです。
帯広市のある十勝平野は関東平野、石狩平野に次ぐ全国第3位の広さになります。遠くには日高山脈が見えます。西部劇のシェーン(Shane)の最終シーンで出てくる山並みほどの高さは全然ないのですが、それでも広大な平野の果てに小さく山脈が連なっているのはシェーンを思い起こさせます。
北海道は九州の2倍以上の面積があります。九州+四国+東京都+神奈川県+千葉県+埼玉県+静岡県よりもまだ大きいらしいです。ところがですね、人口を考えると驚きます。九州+四国+東京都+神奈川県+千葉県+埼玉県+静岡県の人口は約 5,230万人だそうです。それに比べて北海道の人口は500万人足らずです。
大体同じくらいの面積に、九州+四国+東京都+神奈川県+千葉県+埼玉県+静岡県は北海道の10倍以上の人が住んでいることになります。なんだか、息苦しくて窒息しそうになりますね。
北海道人は、大雑把、あけっぴろげ、開放的、おおらか、サバサバして男女平等意識が高い、車移動が基本などといわれますが、まあこれだけ広いと自然とそうなりますよね。いちいち小さなこと、どうでもいいことにこだわっているのが馬鹿馬鹿しくなる広さです。
それに加えて上でも書きましたが、寒いですからね。ああだ、こうだと御託を並べていると凍死してしまいます。とにかく誰がなんと言おうと、温かくして栄養のあるものをたくさん食べなければなりません。それが優先です。
本州で暮らしていて北海道に移り住んだ人も、一冬越えるとかなり北海道人的になってきます。二冬越すと相当近づいてきます。つまり、これだけ暖房設備が行き届き、家の作りもしっかりしてきていても、それでも北海道の冬は厳しいのでしょう。細かいことにこだわることが少なくなっていきます。
私が子供の頃、北海道は左遷の地でした。札幌支社に転勤などと言われると、皆さんエリートコースから外されたと思って青ざめたようです。私が就職してまだ若手だった頃も、そのような感じは残っていて、それは北海道内でも、例えば札幌から釧路に転勤になるのは左遷だと思われていたようです。
私は若い頃に、札幌から釧路に転勤になったのですが、釧路支社の人から「なして釧路なんかに来たの?」と質問されました。はは。
確かにですねえ、私の若い頃は都会と田舎の落差は大変に激しいものでした。例えば、札幌はほとんどトイレが水栓化されているのに釧路はまだであるとか、釧路にはコンビニやファミレスが1軒もないとか、ダイエーもないとか、とにかく都会での暮らしに慣れてしまった人間にとっては不便で不便で大変なものでした。嘆きたくもなります。
2000年くらいからでしょうかねえ。都会と田舎の生活の落差がなくなったのは。今では釧路にも、セブンイレブンもびっくりドンキーも、イオンモールもケーズデンキも一通りあります。ちょっと不便なのは通販の宅急便が届くのが1日遅いことですが、料金が高くなるわけではなし、許容範囲です。
そして、そのように生活が便利になってしまうと、田舎の良さがひしひしと感じられるようになります。釧路市でいえば、魚介類が豊富で美味しいところです。釧路湿原国立公園があります。阿寒摩周国立公園もあります。晴れた日の摩周湖のブルーは目を奪われ、吸い込まれるほどの美しさです。
そうなると、「関東になんか住んでいるやつはアホじゃないの?」と思えてきますが、まあ生活するためには仕事をして稼がなければなりませんからやむを得ません。でも、田舎でゆとりを持って暮らすことができる人は、そちらの方が身分が上のように私としては感じられます。
北海道を北海道らしくしていることの一つに、身分差別がないことがあります。北海道には部落問題(同和問題)がありません。部落など存在しないからです。北海道で生まれ育った私には、部落問題と聞いてもなんのことかさっぱっりわかりません。意味は知っていても、なんの実感も伴わないからです。
そういう意味では、地閥や門閥もほとんどないように感じています。そもそもが、本当ならそのまま本州で暮らしていたかったはずの人たちが、食うに困って、あるいは少しでも豊かな生活を求めて、逃げるようにしてやってきたのが北海道ですからね。部落だの、地閥だの、門閥だのを気にしたところで意味がありません。
女の人も強いというもっぱらの評判です。これは感覚的に分かります。おそらくその昔、北海道になんて来たくなかったのに、夫についてこざるを得なかったのでしょう。その「嫌々付いて来てやった」というのが北海道の女の人の強さの源泉のような気がします。男だって好きで来たわけではないのですが、つらいところですね。
そういえば、北海道にはアイヌがいるのでしたかね。しかし、これも私にとっては無意味なことです。というのも、もう10年も20年もアイヌを見たことがないからですう。探せばどこかで会えるのでしょうか。昔はいなくもなかったという状態でした。私の中学校時にはアイヌの女生徒が一人いました。それっきりです。ですから、アイヌ問題は私にとって大変に狭いことのように感じられます。
でも、本州にはなんに限らず厳然として差別的感覚があるようですね。私が関東で働いていた時、会社の同僚同士が口論を始めたのですが、「お前は〇〇県出身だろう。俺は××県だ。〇〇県には負けるわけにいかない。」と言ったのを聞いた時には心底驚きました。北海道人にはそのような発想は全くないからです。
では北海道に来たのは身分の卑しい者たちばかりかといえば、そうではありません。屯田兵として武士階級がたくさんやってきています。私の祖父も、武家の3男坊でしたから、食うに困って北海道にやってきたようです。
母方の祖父は石川県であまり条件の良くないところで農家をしていたようですが、こんなところにずっといても将来がないということで、十勝にやってきました。集団で移住してきたようです。才能のある一族だったと見えて、すっかり富農になりました。浄土真宗の信者でした。
せっかくの富農でしたが、敗戦後の農地解放で、90haもGHQに没収されたそうです。没収されていなければ、私ももう少しいい暮らしができていたかもしれません。恨みのアメリカです。というのは冗談ですが。
言いたいことは、北海道は歴史が浅いために、差別が生まれる前の段階で止まっているということですね。言われなき差別で苦しんでいる人は、北海道で生活するのがいいですね。ただし、人に迷惑をかけるために疎外されるような人は、北海道へ来たからと言って受け入れてもらえることはありません。当然ですね。
これは多分、外国人についても言えることだと思います。外国人だから差別しようと一番思わないのが北海道でしょう。ただし、さすが北海道です。外国人の方が来たがりません。私は今まで北海道で、コンビニの外国人店員に会ったことがありません。やっぱり外国人でもこんな寒くて雪の降るところには来たくないのでしょう。
そういう意味では、ホームレスもいません。ずいぶん前に札幌駅に2、3人いたことがありますが消えてしまいました。
あ、帯広市の話をしていたのでしたね。産業は農業一本です。じゃがいも、小豆、大豆、長芋、甜菜糖などの畑作になります。十勝ということである程度のブランド力があり、また農家1軒1軒の土地が広いですから、地域の経済が落ち着いているというか安定しています。
私の父親はサラリーマンでしたが、母方の親戚は帯広近郊の農家ばかりで、経済的には皆さん我が家よりも裕福でした。そのような落ち着きと安定感が帯広市のいいところだと思います。ワーッと浮き立つような華やかさはありませんが、滅んでいくような不安定さもありません。
中島みゆきの歌は、精神を揺さぶられるような不穏な歌がたくさんありますが、おそらくあれは、基盤が安定しているがゆえに、あそこまできわどく突っ込めるという性質のものなのでしょう。帯広の人は戻ってこれるだけの安定性を持っているようです。
ということで、一体何を書いたのか分からないような雑文になりましたが、今回のところはこれで終わります。
