表題は " 「イチゴ白書」をもう一度 " のもじりのつもりで書いた。まずは映画の「イチゴ白書(The Strawberry Statement)」(1970)からご紹介させていただく。もともとはアメリカにおける学生運動のことが記述されたノンフィクションだったという。舞台はコロンビア大学。それが映画化され、アメリカではさほど人気が出なかったけれども、なぜか日本でヒットしたらしい。それが、バンバンの "「イチゴ白書」をもう一度 " (1975 荒井由実作詞作曲)という歌にもつながった。
日本での映画公開は1970年9月だという。学生運動の華やかなりし頃で、私もわざわざ映画館に行って見た記憶がある。ちっとも感動しなかったが、キム・ダービーというカワイ子ちゃん女優が出演していたことだけを覚えている。しょうもない。
1970年頃は学生運動が盛んだったばかりではなく、世界でも、日本でも、まだまだ左翼が頑張っていた。共産党はもちろんだけれど、自民党の対抗勢力であった日本社会党も、真面目な顔をして日本を社会主義国家にしようと訴えていたと思う。労働組合も威勢が良かったしねえ。
さて、左翼が強かったせいなのか、右翼が強かったせいなのか知らないが、「レッドパージ(赤狩り)」というものもあった。これはイチゴ白書より20年ほど前のことで、1950年代のアメリカが展開した反共産主義運動になる。
日本では、共産党員やその同調者がGHQ(General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers 連合国軍最高司令官総司令部)の指示によって公職から追放、あるいは民間企業から罷免解雇され、その被害は1万数千人に及んだという。その後を生きてきた私にとってはさっぱり実感が湧かないのだけれども、ウィキペディアを見ると、「(1950年)5月30日には皇居前広場において日本共産党指揮下の大衆と占領軍が衝突(人民広場事件)」なんて書いてある。
勇ましかったんだねえ、その頃の日本人は。占領軍と日本人大衆が衝突するというのだから。特攻隊の生き残りなんていうのもいたんだろうな。そして、共産党の強さもものすごいものがあったことが分かる。占領軍、つまりアメリカ軍と戦おうとするんだから。土下座してコオロギ食ってるしか能のない岸田総理とはエライ違いだ。というのは書き過ぎなので取り消します。
もちろん日本だけでのことではなく、アメリカ本国においても、反共運動は大々的に行われた。「マッカーシズム」というらしい。やはり時代は1950年代で、「1949年10月1日に中華人民共和国が成立したこと、1949年のソビエト連邦による核実験の成功、1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争などが原因でアメリカ国内では共産主義への脅威論が高まっていた。」(ウィキペディア)ことが背景にあるらしい。
その後、共産主義は勢力を一貫して減じながら現在に至っている。今の日本共産党などは、私の目からみると「哀れを誘う」くらいの印象がある。もちろん、だからといって革命に取りかかれと言いたいわけではなく、もう少し工夫があっても良さそうなものだと思う。これだけ世の中乱れてきたのだからチャンスがあるのではないだろうか。もうすっかり、長いものに巻かれてしまったのかな。
共産主義に関しては、1991年のソ連崩壊が決定的だった。社会主義国家を自称し、共産主義を目指していた国、しかもアメリカと対抗して勢力を競っていた国が、国家ごと崩壊してしまったのだから。だれの目から見ても、勝負がついたように見えた。アメリカはすっかり世界の一極支配が完成したかのような勢いを持った。
しかし、世の中それほど単純なものではないらしい。地下に潜った共産主義者たちが活動を続けた。それも、共産主義国においてではなく、アメリカと西欧という、資本主義、自由主義の国において、国の内部から食い荒らすという形で活動してきた。
私の知る範囲で、最初はエネルギー危機の演出だった。1960年代のことになるが、「世界の石油は50年で枯渇する」などと言われ始めた。それが1970年代のオイルショックに結びつき、その結果何が生じたかといえば石油価格の高騰であり、国際石油資本が巨万の富を得た。
この流れはその後、地球温暖化防止という形で引き継がれ、地球環境の保護、温室効果ガス削減、気候変動への対応、SDGsなどといわれるようになって現在に至る。もちろん、その狙いはオイルショック同様、各種エネルギーを統制・管理することなどによって世界のスーパーリッチたちがその富をさらに蓄積することにある。例の不細工なスウェーデン人のグレタ・トゥーンベリはその広告塔であり、スーパーリッチたちの下女だ。
その意味では、ロシア・ウクライナ紛争も共産主義者が画策したエネルギー争奪戦争という意味が含まれており、その利権、つまり石油や天然ガスの流通を統制・管理する利権をロシアから奪おうとしている。ノルドストリームが爆破されたのも、その流れで考えていけばすんなりと了解可能になる。
今回の新型コロナ騒動も共産主義者たちの活動の一環になる。目的は、世界の医療を一括して統制・管理、すなわち共産化しようとするものだ。いうまでもなく、医療には巨額の金が動く。つまりは巨額の利益が得られる。あの守銭奴のビル・ゲイツが目をつけるのも当然のことだ。WHOはすっかり共産主義者たちの雇われ機関に落ちぶれた。いや元々がそうだったのかな。
しかし、驚くなあ。日本の医者に共産主義者の多いことが分かったからだ。なぜなら、医療の世界統一支配、管理に対して、全く抵抗する姿勢を見せないのだから。日本の特権階級である医者、特に医師会は共産主義者と考えた方がいいかもしれない。ワクチン分科会などは共産主義者たちの巣だ。(例外となる立派な医者も少ないながら存在するのはいつもお断りしているとおりだけれど。)
コオロギ食、昆虫食も共産主義者たちの陰謀になる。食料の生産から消費まで、すべてを一括して統制・管理しようとする陰謀に基づく。現在はその手始めというところだね。人々に昆虫を食わせるために、牛を減らし、生乳を捨てることまで行っている。何が何でも共産主義者が食料の統制・管理権を奪うという意思の表れといえる。
共産主義と食料といえば、旧ソ連のソホーズ、コルホーズを思い出す。大失敗に終わった巨大社会実験だった。農業生産をサラリーマンに任せると生産効率が悪化して成立しないことが証明される結果になった。そのせいで、旧ソ連は食料危機に陥った。
現在、昆虫食が推進されているのは、食料生産から消費まで一括管理する利権を共産主義者たちが手に入れたとしても、その結果として食料危機を招くかもしれず、そのための準備なのかもしれない。つまらぬことを考えるものだ。
その他にも、共産主義化を推し進めるために、世界では数多くの政策が実施されている。コロナ対策として行われたことは全部そうなのではないだろうか。人々に自由を許さず、統制と管理を強めるための試みだった。マスク、ソーシャルディスタンス、パーティション、営業自粛、移動自粛、飲酒禁止、濃厚接触者の追跡、隔離などだ。いずれも健康管理や公衆衛生のためではない。共産主義社会における人々の統制・管理に通じる。
こうしたことにも医者が深く関与していたが、もう「医者を見たら共産主義者と思え」くらいのレベルではないだろうか。ワクチン接種にしたところで、感染症の予防や重症化防止効果がないことは明確になったが、ということは、ワクチンは人々を洗脳するための序章としての位置づけだったのだろう。
欧米がここまで狂ってしまったのは、中国の存在が影響したかもしれないとも思う。その前提には、欧米諸国が国として散々デタラメをし、他国を脅し、騙し、殺し、目先の利益しか求めようとしない政策を行ってきたことにある。人は騙せても自分は騙せない。彼らは自分たちが軽薄短小な見せかけだけの存在であることを自覚しているのだろう。
そこに、中国が無視できない力を持って台頭してきた。欧米の騙しも、こけおどしも通用しない。このままでは負けると悟った欧米の始めたことが、中国に対抗するために自分たちも共産主義社会を作ろうということなのかもしれない。愚かだねえ。
しかも、欧米人は日本人のようには中国を知らない。だから中国が立派に見えている可能性がある。そして、その立派に見える中国を、欧米流の厳密さと計画性で真似し始めた。それゆえの、新型コロナであり、ロシア・ウクライナ紛争であり、コオロギ食なのかもしれない。あるいは、中国も文化大革命でずいぶんアホなことをやったらしいから、現在西側諸国で行われているのは、西側流文化大革命なのかもしれない。
しかし、こうやって考えてみると、欧米の思想、哲学というのはずいぶん蓮っ葉なものだね。彼らの軽薄さがにじみ出ているようだ。日本人から見ると滑稽でしかない中国4千年の歴史は、欧米に対しては十分な威力、破壊力を持つようだ。そしてまた、日本人ときたら中国を馬鹿にするくせに、その中国に太刀打ちできない浅薄な欧米の下僕になりたがるのだから、中国、欧米、日本を比較すると、間違いなく日本がもっとも頭の軽い存在だろう。
ところで、私はしきりに「共産主義」という言葉を使っているけれども、近年の欧米が目指すようになった共産主義と、かつてソ連が目指していた共産主義とは別物であるように思う。何が違うのかなあ。
辞書(デジタル大辞泉)で「共産主義」を引くと、「財産の私有を否定し、生産手段・生産物などすべての財産を共有することによって貧富の差のない社会を実現しようとする思想・運動。」とある。これはとってもよく分かる。もう一つ定義があって、「マルクス主義で、プロレタリア革命によって実現される人類史の発展の最終段階としての社会体制。」とあり、問題はここになる。
どこが問題かといえば、「プロレタリア(労働者階級)革命」だ。現在アメリカと西欧によって行われようとしている共産主義革命(グレートリセット)は、「プロレタリア(労働者階級)革命」ではなく、社会の支配層や特権階級が主体となって行う革命であり、その結果としての共産主義になる。
つまり、現在の社会の支配層、特権階級などが、自分たちの都合上、共産主義を労働者階級、一般民衆に押し付けることによって共産主義社会を作ろうとしている。その結果、社会は2つに分裂することになる。一つは、ほとんどの者が生活する、平等で貧しい共産主義社会であり、もう一つはその貧しく平等な共産主義社会を管理・運営・支配する、少数のエリートが生活する豊かな社会になる。
実はこれまでの共産主義社会は、ソ連にしても中国にしてもその他にしても、実質的にはプロレタリアのための社会ではなく、一部の支配層が独裁政権を維持するための隠れ蓑的社会制度という側面があったのだが、そのように考えると、本質的な違いはそれほどないのかもしれない。ただし、プロレタリア革命といわず、大義名分というかイデオロギーを捨てているところは違っている。
面白いのは、現在までの経過を見ている限り、そのような共産主義革命(グレートリセット)を暴力や武力を用いるのではなく、また、イデオロギーを持ち出すのでもなく、多様なプロパガンダで洗脳することによって行おうとしていることだ。
プロレタリア革命、財産の共有などのイデオロギーの代わりに、エネルギー危機、地球温暖化、気候変動、感染症対策、食糧危機、自国防衛などが用いられる。それら一つ一つによって、一般民衆を洗脳し、嘘を信じ込ませ、手なずけ、自由を奪い、拘束し、強制し、資産を取り上げるという形で、気付かれることなく共産主義革命(グレートリセット)を行おうとしている。壮大な騙し、壮大な詐欺といえる。
日本では昨年、安倍元総理が暗殺された後、「壺売り」を理由に統一教会叩きが始まった。なるほどそういうことかと思う。統一教会は反共団体だ。共産主義者が放置しておけるはずがない。また、そのように考えるのであれば、安倍元総理も放置できない存在だったのだろう。
そういえば、日本共産党がしきりに野党各党に秋波を送っていたような気がする。あの共産党がどうしたことだろうと思ったが、世界的に共産主義革命(グレートリセット)に邁進しているのであれば、共産党も孤軍奮闘している意味はないわけで、連立を組みたかったのだろう。結局は選挙に効果がないことと、過去のわだかまりがありすぎて成功しなかったようだが。
最後に表題に触れて終わりたい。 " 「レッドパージ」をもう一度 " である。これまで私を悩ませてきた地球温暖化、エネルギー危機、温室効果ガス削減、気候変動対策、新型コロナ対策、ワクチン接種、食糧危機、コオロギ食などは全て共産主義、それも、新しくアメリカと西欧によって始められた " 新・共産主義 " ともいえる活動の結果である。
すなわち、支配層のための、支配層による共産主義革命(グレートリセット)の経過であり、結果である。どこにそんなことをする連中がいるのか。それはデマ太郎であり、暴徒知事であり、ビル・ゲイツであり、バイデンであり、マクロンであり、トルドーであり、シュワブであり、その他おなじみの面々だ。私たちがイメージしている旧来の共産主義者とは別の存在になる。
私にとっては不愉快きわまりない連中だけれども、社会全体にとっても、その害悪たるや甚大なものであり、これからも明るい見通しは持てない。是非、反共産主義勢力によるレッドパージ、粛正を行ってほしいものだと思う。
彼らがこれまで行ってきた何百万人という殺人の規模を考えるならば、全員裁判にかけて死刑にしたところで、帳尻を合わせられないくらいの悪だ。どうも共産主義者というのは、湿気さえあればどこにでも生えてくるカビのようなもので、定期的な掃除を必要とするようだ。人間性を無視し、悪用するところがその一番の欠陥だ。
